拡大する写真・図版ミルクボーイの駒場孝(左)と内海崇=2020年3月、大阪市中央区、滝沢美穂子撮影

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 「お客さんから元気をもらえない」。お笑いコンビ「ミルクボーイ」は新型コロナウイルスでライブが中止となってしまったことを残念がる。優勝した昨年12月のM―1グランプリ決勝で爆笑をさらったのは代名詞となった「コーンフレーク」と「最中(もなか)」のネタ。ボケの駒場孝(34)とツッコミの内海崇(34)がM―1王者になるまでの道のりを振り返り、快進撃の裏にあったネタ選びについてたっぷりと語った。

 「あの時のままですよ。あのままうれしいです。ちょっと冷めてきたなとかない」。駒場がほほえめば、内海は「家に帰って時間があったら、ビデオ見ますもん。点数入るとこ。あれだけ見て寝ますね」。

 おなじみになった、駒場のオカンが忘れたものを内海が一緒に考える漫才。「オカンが言うには」と前置きする駒場のヒントに応じて、内海が「~やないか」「~とちゃうやないか」などと肯定と否定を繰り返しつつ毒舌をまぶす。テレビ放送された人気アイドルグループ「嵐」の櫻井翔のネタでは、私服のセンスをいじった後で「標準界の最高峰の方」と微妙に持ち上げた。駒場は自分たちの漫才の強みをこう語る。

拡大する写真・図版ミルクボーイの駒場孝=2020年3月、大阪市中央区、滝沢美穂子撮影

 「日常の会話にもありますよね。『こうらしいねんな』『じゃあちゃうか』みたいな。漫才だけじゃないんで、飽きられるとかの話じゃない。年をとったら、僕が『孫にプレゼントしたけど、おもちゃが何か忘れて』なんてできますよね」

 コンビ結成は2007年7月。ともに21歳、大阪芸術大学の学生だった。今の漫才につながる一つのテーマをめぐって、内海が肯定したり、否定したりするパターンは当初からあった。「スピードが速いし、声が高かった。伝わってなかったんやろな」と内海は若いころの自身のツッコミを振り返る。

プロフィール
吉本興業所属。DVD「M―1グランプリ2019~史上最高681点の衝撃~」(税抜き4800円)が6月3日に発売予定。

 銀シャリやジャルジャルらが活躍した吉本興業の若手劇場「baseよしもと」のメンバー入りを目指して腕を磨いた。頭角を現しつつあったが、目標だったM―1が2010年でいったん終了。歯車が狂い出した。漫才だけではもう売れない、そんな風潮が芸人の間に広がったころ。それぞれに遊びに夢中になり、お笑いをおろそかにした。

 低迷の時期を経て、一念発起して17年に始めたのが「漫才ブーム」と名付けたライブだった。金属バット、ツートライブ、デルマパンゲ。実力を認める後輩コンビたちを誘い、自分たちには新ネタを課す。「負けられない」。漫才と正面から向き合ったこのライブから育ったのが「忘れた」ネタだ。

拡大する写真・図版ミルクボーイの内海崇=2020年3月、大阪市中央区、滝沢美穂子撮影

 最初は「そば」。駒場自身が好きな食べ物を忘れた設定だった。芸人仲間にも評判が良く、様々なものを「忘れた」ネタを作るようになった。だが、壁にぶつかる。「駒場が忘れるのはおかしい。ちょっと変えなあかん」(内海)。試行錯誤して「オカンが忘れた」を編み出して笑いが増した。ライブツアーも体験し、出身の関西だけでなくどこでも分かってもらえるネタ作りへの意識も高めた。

 M―1優勝への転機となったのは、昨年10月28日に京都であった3回戦だ。実は、その模様が動画サイト「GYAO!」で配信されることを知ってネタを変更したという。

「コーンフレーク」秘話
後半では、Mー1史上最高得点を記録した「コーンフレーク」ネタの進化の過程についても語っています。

 もともとは栄養飲料の「デカビ…

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