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 ニューヨークの高層ビル群が夕日に染まるのを遠目に眺めつつ、同時刻に朝を迎えた東京のデスクに電話越しでのんきなセリフを吐いたのは、確か2月の下旬だった。

 「日本は新型コロナウイルスの問題で大変そうですね。こちらはまだ海の向こうの話。あまり緊張感はないですよ」

 安倍晋三首相が「これから1~2週間が瀬戸際」として、一斉休校を要請する少し前のことだった。その後の3月初め、感染が広がり始めた米北西部シアトルに出張した。ニューヨーク・JFK空港の搭乗口は何百人もの旅行客であふれ、マスク姿は2、3人しか見かけなかった。

 1カ月後。ニューヨークは連日数百人の犠牲者を出しつづけ、米国での新型ウイルス感染のエピセンター(震源地)と化した。感染拡大を抑えるための外出制限策は「ロックダウン」(都市封鎖)の先行例として日本に伝わることも多い。人々の暮らしや街の様子はどう変わったのか。朝日新聞ニューヨーク支局でアメリカ経済を担当する記者の経験を紹介したい。

拡大する写真・図版ニューヨーク中心部のオフィス街は、平日午後でもほぼ無人だった=2020年3月25日、江渕崇撮影

 3月13日の金曜日を最後に、ニューヨーク支局は在宅勤務に切り替わった。ニューヨーク市郊外でユダヤ系コミュニティーを中心にクラスター(感染者集団)が確認され、州当局の「封じ込め作戦」が始動。緊張感は高まりつつあった。

 翌14日。ニューヨーク州で初…

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