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 日本各地の気候風土の中で育まれてきた郷土料理。その味は、家族や昔からの友人とのホッとする時間や、旅先での楽しみにつながります。一方で、食材が入手できなくなったり、生活のスタイルが変わったりして失われつつある味もあります。未来に残したいふるさとの味はなんですか。

めはりずし 北海道と奈良つなぐ

 新十津川は北海道空知地方にある人口約6500人の町。豊かな水に恵まれた肥沃(ひよく)な平野が広がる、道内有数の米どころです。ここに、遠く奈良の地からやって来た味が根付いています。

 1889(明治22)年8月、紀伊山地の奥深くにある奈良県十津川村を、壊滅的な水害が襲います。生活基盤を失った村民2489人が、はるばる北海道に移住し、つくったのが新十津川町です。二つの自治体は「母子」として130年にわたり交流を重ねました。新天地でも入植者は故郷を忘れず、村の本社から分霊した神社を拝み、民俗芸能の踊りや剣道をたしなむ伝統も継承しました。郷土料理も受け継がれ、その一つが「めはりずし」でした。

 めはりずしは刻んだ高菜やかつおぶしを混ぜたご飯を、のりでなく高菜の大きな葉で包んだにぎり飯。「めはり」の名は、食べる時目を見張るほど口を開けたこと、また目を見張るほどおいしいことから、との説があります。伝統の味を広めようと新十津川町の物産館「食路楽館(くじらかん)」の食堂では、同じく奈良生まれの三輪そうめんを卵とじにした鶏肉入り「とりめん」とセットで出しています。大きさはソフトボールほどあります。

 材料の高菜の塩漬けを提供する農家・堀恒司さん(58)の家では代々、仕事の合間に畑でめはりずしを食べていたそうです。交流事業で十津川村を訪れたことがある堀さんによると、めはりずしはもともと木こりの弁当で、高菜の殺菌作用で夏場も腐りにくかったといいます。

 「十津川村の人は、山で切り出した木をいかだに組み、川で運んでいた。片手にさおを持ち、もう一方の手で食べられるめはりずしが好まれたのでしょう」と堀さん。素朴な味ですが、「遠く離れた北海道で、さぞ奈良の味が懐かしかっただろう。そう思うと味わいも違うのでは」。

 町によると現在、奈良の十津川村にルーツを持つ町民は3%未満。そんな中、伝統の味を次代につなぐ動きも。札幌市生まれの新十津川町地域おこし協力隊員・佐藤健伍さん(33)は、めはりずしを紹介するショートビデオを制作。今年、道農政事務所の「受け継ぎたい北海道の食」動画コンテストの優秀賞に選ばれました。札幌では郷土料理を意識したことはなく、「二つの町村の歴史を伝える料理」にひかれた佐藤さん。「料理をきっかけに、地域に興味を持つ人が増えてほしい」と願っています。(戸田拓)

北之庄菜 ぬか漬け愛再び 滋賀・近江八幡

 水郷で有名な滋賀県近江八幡市に、栽培が途絶え、復活した伝統野菜があります。産地の名を冠した「北之庄菜(きたのしょうな)」です。

 カブの一種で、同市北之庄町周辺で江戸末期に栽培が始まったとされます。漬物用に各家庭が作り、間引き菜は浅漬けに、成長したカブは天日干しにしてぬか漬けにしたそうです。昭和40年代までは盛んに生産されたものの、食生活の変化で作られなくなり、食卓からも消えました。

 「あのぬか漬けが食べたい」。地元の料理人、坪田好平さん(79)が復活を模索。1986(昭和61)年、かつて野菜の種を売っていたたばこ屋のマッチ箱から、北之庄菜の種が見つかります。坪田さんがひとつまみほどの種をまくと3割近く芽が出ました。採種や栽培に試行錯誤しながら細々と作っていました。

 2001年、「もっと地域で広がってほしい」と専業農家の大西一幸さん(66)ら地元農協の青壮年部に栽培を託しました。大西さんの母ことさん(90)は「昔食べてたでね。なつかしい。まだあったの、とビックリした」と話します。

 復活した北之庄菜は、ずんぐりとした下ぶくれで、茎の根元とカブの頭が赤紫色。ぬか漬けは、コリコリとした歯触りで、かむと、うまみ、辛み、甘みがじんわりと広がります。よくみるカブや大根とは違う味わいです。「ぬか漬けが農作業の間の10時と15時のおやつでした。そのままお茶請けにしたり、刻んでご飯や麦と混ぜておにぎりにしたり」と、ことさん。

 大西さんらは10年に「北之庄郷(さと)の会」を設立し、種の保護や採種、地域振興に乗り出しました。現在4軒が栽培しています。

 市内にある「ひさご寿し」は北之庄菜の漬物を提供。主人の川西豪志さん(43)は「一般的なカブより繊維が緻密(ちみつ)で水分が少なく歯ごたえがいい。原種に近く、最近の野菜にはない力強い味が魅力。うまみが強く、辛みもある。おろしにしてもおいしい。カブと大根のいいとこどりをしたような野菜」とほれ込んでいます。

 地元ではポトフやサラダなど新メニューも考案され、小学校の給食にも北之庄菜が使われるように。栽培再開から30年あまり。再び地元に愛される野菜に成長しています。(才本淳子)

マイスターが伝える豚骨 鹿児島

 鹿児島県では「かごしま郷土料理マイスター」が料理の伝承に努めています。NPO法人「霧島食育研究会」の郷土料理講座を受けて認定された約130人が活躍中です。

 2004年に研究会を立ち上げた管理栄養士の千葉しのぶ理事長(56)が、お年寄りや子どもの食生活を支援するなかで郷土料理に出会ってその継承に危機感を抱き、13年にマイスター制度を始めました。

 講師は、各地の料理教室の先生や農家の女性ら。10回終了するごとに初級、中級、上級と認定されます。

 「地元の食材を無駄なく生かして、おいしく作る工夫が郷土料理の魅力」と千葉さん。例えば雑炊のような「ずし」。だしは鶏、アユ、サバ、ブタと地域によって様々。少ない米を多くの人が食べられるよう、手元にある野菜やサツマイモを足してボリュームを出すそうです。

 地域に根ざした料理なのに「敷居が高いイメージを持たれている」と千葉さん。今後、若者や初心者向けに、調理の基本も郷土料理も伝えられる料理教室を開く意向です。「食材も調理器具も熱源も限られていた時代から作られてきた郷土料理は、実は作りやすいのです。料理に興味を持つ人を増やし、次世代につないでいきたい」

 高校で農業を教える鹿児島市の海老原純一さん(57)はマイスター1期生。「農業産出額が全国2位という鹿児島の恵まれた食材を最大限に活用した郷土料理を生徒たちにもっと紹介したい」と講座に通い、16年に上級マイスターになりました。

 海老原さんが教える一押しの味はみそ煮込みの「豚骨(とんこつ)」。薩摩藩の武士が戦や狩りの際に作り、祝い事の膳にも。西郷隆盛の大好物だったとされます。「豚肉のおいしい食べ方の一つ。とても柔らかくて食べやすい」

 海老原さんは昨年、料理を作って生産者を訪ねる、鹿児島の食を学ぶ会を知人と設立。仲間を増やすつもりです。(北村有樹子)

性学もち 農村指導者の情熱 千葉

 一晩水を吸わせたうるち米を、せいろで蒸すこと25分。米粒を洗ってあくを抜き、再び蒸した後で念入りにつき上げると、粘りが少なく口当たりのよいお餅のできあがり。江戸時代末期の房総で農村を指導した思想家・大原幽学(1797~1858)が考案し農民たちに伝えたとされる「性学(せいがく)もち」です。

 幽学は、人の本性に従った正しい生き方を説く「性学」を提唱。疲弊した農村で食生活の改善方法を教え、尽力しました。世界初とされる農業協同組合「先祖株組合」をつくり耕作しやすいよう田畑を整理するなどの実践が伝えられています。性学もちもその考えを反映し、もち米を作る余裕のない貧しい農家のため考案したとされます。

 幽学は門人の増加を警戒した幕府の弾圧で、志を果たせず割腹自殺しました。しかし、性学もちは死後160年以上経った今も、千葉県東総地域で継承されています。

 南房総市の里山に立つ築190年のかやぶき屋根古民家「ろくすけ」で、農家泊体験などの活動をするNPO法人千葉自然学校は近年、性学もちの講習会を開催。「ろくすけもち」と名付けた商品も作り、新たな名物として売り出し中です。

 作りたてを試食すると、歯ごたえは普通のお餅とお団子の間ぐらい。NPO理事で調理の講師を務める遠藤陽子さん(82)は、「上等なお米でなくても作れて、くせがないのでいろいろアレンジできます」。小さく丸めてお吸い物や、桜あんをまぶして串団子風に、延ばして軽くあぶって野菜やチーズのサンドに……。「粘り気が少なく、のどごしがよく、幼児や高齢者でも安心して食べられる。溶けにくくて煮物も炒めるのもOK」とか。蒸し器と餅つき機をお持ちの方は、幕末の偉人の遺産を家庭で味わってみてはいかがでしょうか。(戸田拓)

生活の息づかい 変化もいい 伝承料理研究家 奥村彪生さん

 全国を歩き回り、郷土料理を食べて研究してきました。沖縄の中身汁、福井県や石川県のへしこ。のっぺい汁は東北などいろいろなところにありますが、新潟の干し貝柱が入っているのがお気に入りです。あげればきりがありませんね。

 郷土料理の魅力は人々の息づかいが感じられること。食材も調理法も食べ方も土地に合った方法で培われてきました。料理をして食べてみると、土地の人の生活や知恵の結集が見えてきます。

 島国で縦に長い日本は、季節ごとの海と山、里の幸が豊かです。あるもので工夫して食べる、つまり地産地消が郷土料理です。

 しかし、時代によって環境は変わります。今は多くの在来の野菜が失われた一方で、年中同じような食材が出回る。郷土料理に必要な食材が手に入らなくなったり、手間がかけられなくなったり、味覚がかわったりと時代に合わなくなったものはなくなります。残念ですが仕方ないことです。

 実は日本独自の食文化というのは少ないのです。米や餅も、握りずしの起源となったなれずしも、中国や東南アジアから伝わりました。外来のものから日本人に合うものを選択し、作りかえて昇華させているのです。今も常に選択し続けています。

 ですから、郷土料理に新しい食材を足してアレンジしても、作りやすい調理法に変えてもいいのです。「型」にはめこまず、自分流で。時代性を加味して今につなげることが大切だと思うんです。守るのではなく、変えてつないで、進化させていったらいいんです。

 あとは、郷土料理を継承するために大切なのは体験です。子供の頃に家族や親戚、近所の人と食べた記憶は残ります。その記憶は「食べたい」「作りたい」につながります。食の安全を脅かす事件や、震災後も郷土料理が見直される動きがありました。それは、安心を求めているのです。ごちそうでなくていい、「ほっとする味」。それが郷土料理で、ふるさとの味なのです。

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おくむら・あやお 1937年、和歌山県生まれ。伝承料理研究家。著書に「日本料理とは何か」など。古文書を調査し、料理の再現も手がける。(聞き手・才本淳子)

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 フォーラムアンケートに寄せられた声を紹介します。

●兵庫県のいかなごのくぎ煮

 3月になると故郷の兵庫ではくぎ煮の香りがどこからか漂ってきます。(東京都・20代男性)

●在来種の野菜料理残したい

 山形の温海かぶや甚五右エ門芋など、在来種やその土地ならではのを使った郷土料理は未来に残したい。(東京都・50代女性)

●和歌山の茶がゆ

 出身地・和歌山の「茶がゆ」。これを湯浅の「金山寺みそ」や南高梅の「梅干し」を付け合わせにして食べるのが最高。実家に帰るといつもリクエストしています。(東京都・50代男性)

●山形の芋煮の文化すべて

 山形出身なので「芋煮」! 出身地の郷土料理はいつまでも残ってほしいなと思います。レシピだけではなく、集まって河原で芋煮会をする文化や、地域の味付けで差が出る芋煮戦争などいろいろな文化すべてひっくるめて芋煮だなあと。(東京都・20代女性)

●人生最後は秋田の味

 未来に残したい郷土料理は、秋田名物きりたんぽ鍋、ハタハタすし、いぶりがっこ、ギバサ、サラダ寒天。郷土料理が自慢できる秋田に生まれて良かった! 人生最後の食事は、ご飯にいぶりがっことギバサを添えて、みそ汁で締めくくりたい。(東京都・40代女性)

●家庭によって違う雑煮

 残したいのはお雑煮。家庭によって味が違うので、子どもに残したいと思います。(東京都・40代女性)

●各家庭の隠し味、親から子へ

 たこ焼き、お好み焼きは各家庭で隠し味が異なり、親が焼いてくれたのを見て育ち、今では子どもと一緒に焼いている。その時間こそが郷土料理(千葉県・40代男性)

●赤みそを使った料理

 出身地の赤みそを使ったおみそ汁やおでん、みそカツを残したいです。(東京都・20代男性)

●なぜか落ち着くけんちん汁

 おふくろの味は「けんちん汁」。浪人時代、心が折れそうになった時、おふくろが作ったけんちん汁を飲むとなぜか落ち着いた。(東京都・40代男性)

●沖縄の昆布料理

 地元沖縄の沖縄そば、昆布を使った料理(クーブイリチーやおつゆ)。(東京都・30代女性)

●おせち料理、行事のお菓子

 おせち料理や行事のお菓子など、歴史や由来とともにずっと残ってほしい。(東京都・40代女性)

●祖母の故郷、長野の味

 長野に祖母がいるので五平餅、からすみ(米粉のういろうみたいな)、赤飯まんじゅう。(東京都・30代女性)

●ぼたん鍋

 岡山県北のぼたん鍋(京都府・60代女性)

●青森のけの汁

 青森で1月に作られる「けの汁」。(鹿児島・50代女性)

●鹿児島県の豚骨のみそ煮

 豚骨のみそ煮、ピーナツ豆腐、お煮しめ(鹿児島県・20代男性)

●私と父のふるさとの味

 我が古里、三重・伊勢志摩の「てこねずし」。父のふるさと、福井・大野でいただく「芋の煮っ転がし」、豆腐感がしっかり残る「厚揚げ煮」など。(東京都・50代男性)

●サケのちゃんちゃん焼き

 サケのちゃんちゃん焼き(北海道・40代男)

●北海道のニシン漬け

 各地域の漬物。北海道の場合はニシン漬けなどを含む冬の保存食。(北海道・50代女性)

●徳島のそば米雑炊

 そば米雑炊です。徳島出身で、宮崎に住んで50年近くなりますが、徳島から取り寄せて食べています。(宮崎県・60代男性)

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