水中遺産への取り組みが加速している。中世の元寇(げんこう)船が沈む海底遺跡が史跡指定され、文化庁は調査や保護の指標となるマニュアルづくりに着手するなど、保護への施策も増している。それとともに水中遺産の概念は広がりつつあり、種類や形態も多岐にわたる。
一般に水中遺産といえば、海に沈んだ船の部材や陶磁器など積み荷の交易品を思い浮かべる。だが、文化庁など主催の研究集会「水中遺跡保護行政の実態Ⅱ」(2月、大津市)で、村上海賊ミュージアム(愛媛県今治市、村上水軍博物館から改称)の田中謙学芸員が指摘したのは、戦国時代に瀬戸内海で活躍した村上海賊が拠点とした能島(のしま)城跡だった。
能島村上氏が治めた能島城は、瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の能島(周囲約800メートル)と鯛崎島(約250メートル)の島全体を要塞(ようさい)化した、珍しいタイプの「海城」だ。水際となる潮間帯には、岩をうがった「岩礁ピット」と呼ばれる穴が400カ所も確認されている。
直径40センチから15~20センチの穴まで、単独で存在したり、複数が規則正しく並んだり、海岸線に小規模な穴が横一列となったりと形態もさまざま。主に木柱を差し込んで船を係留するのに使ったらしいが、田中さんは、ほかにも桟橋や護岸用の杭跡の可能性を考える。
「岩礁ピットは芸予諸島に特…