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 新型コロナウイルス感染症に対して効果が証明された薬はいまのところありませんが、多くの臨床試験が進行中です。もともとはインフルエンザ治療薬である「アビガン」は、期待が持たれている薬の一つです。ウイルスのRNA合成を邪魔する作用があり、原理的には新型コロナウイルス感染症に効いてもおかしくありません。アビガンが効いたとする症例報告や、感染したけれどもアビガンを飲み始めたら改善したという芸能人の体験を伝える報道もあります。

 治療薬やワクチンの有効性を調べるための標準的な方法は、ランダム化比較試験です。新型コロナウイルス感染症にアビガンが有効かどうか調べたいなら、患者さんを治療群と対照群にランダムに分け、治療群にアビガンを投与し、対照群には投与せず、回復するまでの時間や回復した人の割合などを比較します。臨床試験を計画し、実行し、結果を発表するまでには時間がかかります。

 「効果がある可能性があるなら、臨床試験の結果なんか待っていないで、どんどんアビガンを使うべきだ」という意見もあるかもしれません。しかし、たとえ劇的に効いているように見える治療薬でも、本当は効果がないかもしれないのです。新型コロナウイルス感染症は、アビガンを使わなくても回復しうる病気です。アビガンを投与して回復した症例をいくら集めても、アビガンのおかげで治ったのか、それともアビガンを使わなくても治ったのか、区別がつきません。だからこそ、ランダム化比較試験はぜひとも必要です。ランダム化比較試験以外で、その治療薬が本当に有効かどうかを正確に知る手段はありません。

 しかも、有効性を評価しないまま薬を使い続けるのは危険なことでもあります。薬にプラスの効果がないだけならまだましで、逆に病気を悪化させるかもしれません。新型コロナウイルス感染症は、自然に回復することもありますが、ご承知の通り重症化して亡くなることもあります。本当は病気を悪化させる薬を、「薬を使って良くなったら薬のおかげ、亡くなったら病気のせい」だと誤認したまま使い続けるようなことがあってはいけません。

 かつての固型がんに対する抗がん剤治療がそのような感じでした。「抗がん剤を使うと腫瘍(しゅよう)が小さくなる症例が一定数ある」ことを根拠に抗がん剤が使われましたが、腫瘍が小さくなるからといって必ずしも患者さんの利益になるとは限りません。とくに副作用に見合うだけの利益があったかどうかは疑問です。そうした点を踏まえ、抗がん剤の有効性は原則としてランダム化比較試験における生存期間によって評価するようになりました。現在では、抗がん剤治療の効果も、副作用の抑制も、ずいぶんと改善されています。

 臨床試験は、患者さんたちの協力なしには成立しません。十分な情報提供、倫理的な妥当性、自由意思による参加が保障されていなければなりません。現在行われている医療技術のほとんどは、臨床試験に参加してくださった患者さんたちのおかげです。新型コロナウイルス感染症についても質の高い臨床試験が行われ、早く有効な治療薬が見つかることを願っています。

《酒井健司さんの連載が本になりました》

これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/

拡大する写真・図版内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。