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 このコラムでは、産婦人科医の立場で、みなさんに知っておいてもらいたい体と性の話をつづっています。

 高校2年生の男女が、僕のクリニックを訪れました。お付き合いを始めて3カ月。予定されていた時期になっても彼女に生理が来ないということで受診しました。

 医師の立場で冷静に「妊娠だよ」と告げながら、「どうするの?」と尋ねると、彼がまず口を開きました。「おろす!」と。

 こういうやりとりでは毎度のことですが、僕はこう返しました。「選択肢は中絶だけかな?」。すかさず、彼からは、「僕たちまだ高校生なんですよ。産めるはずないじゃありませんか。経済力はないし、子供を育てるなんてできない。学校も続けたいし・・・」と。非常事態に直面した途端に若返りが始まるのがいつものパターンです。急に高校生になったわけではないし、妊娠する前から、セックスする前から高校生なのに・・・。

 叱っているだけでは、彼らは僕から離れていってしまいます。「高校生のくせしてセックスなんて」と言ったところで、問題の解決にはまったくといっていいほどになりません。「『経験にマイナスなし』ではあるけれど、同じことを繰り返さないようにしようね」の言葉に納得してくれたのか、彼らは中絶を選択することになりました。

「まだ若すぎる」 中絶を選ぶ理由

 わが国には、人工妊娠中絶手術(中絶)などについて規定している母体保護法という法律があります。胎児の命を保持することのできない時に、妊娠満22週未満であれば、中絶が認められています。その条件は、身体的または経済的理由によって母体の健康を著しく害するおそれがある時、暴行などによって、または抵抗などができない形で妊娠した時、とされています。

 ちょっと古い調査ですが、僕自身も所属している日本産婦人科医会が、「10代の人工妊娠中絶についてのアンケート調査」を実施したことがあります。中絶をした10代の女の子に、「今回、人工妊娠中絶を選択した理由について」聞いたものです。

 複数回答ですが、僕のクリニックを訪れた高校生と同様で、「まだ若すぎる」「未婚のため」「学業に差し支える」「収入が少なくて子供を育てられない」「子育てに自信がない」などの回答が目立っています。

 妊娠を心配して受診する若者にも、いくつかのタイプがあります。あるときなんて、「君が産みたければ産んでもいいと思っているよ」と、隣で混乱している彼女に向けて声を掛けた男子高校生がいました。「退学して働けば何とかなるから」と言うのです。言われた彼女は「何てやさしい彼」とでも思ったのでしょうか。でも、覚悟のないままそう言い放った彼には次の試練が待っていました。「そういってくれたから私産む!」となったのです。彼から僕にこっそり電話が入りました。「困った、困った」と嘆くのです。結果は中絶となりました。

 無責任極まりない言葉が発せられることもあります。「先生、俺の子供だって証拠があるのですか」。この問いに対する回答がないわけではありません。産んでから、子どもの血液型やDNAを調べるのです。でも、こんな乱暴な言葉を口にした男とこれからも付き合っていくなんて考えられないと思いますし、事実関係を明らかにするために産むわけにはいかないのです。

中絶は女性の健康を守ることにも

 同意がないままにセックスをし、妊娠してしまった場合は、常に「男は逃げられる。女は逃げられない」という厳しい現実が待ち構えているのです。

 中絶とは妊娠を中断することであって、「赤ちゃんを殺す」とか、「命の芽を摘む」なんてことではありません。だから、僕は「おろす」という表現が好きではありません。

 考えてみてください。女性が妊娠をし、子宮の中に胎児が存在するとしましょう。その胎児が健康な状態を維持するためには何が一番大切でしょうか。言うまでもなく胎児を宿している女性自身が心身共に健康であることです。それでは、女性が心身共に健康な状態を維持できなかったら胎児はどうなるのでしょうか。発育が遅れる。時には死に至ることだってあります。

 僕たち医師は、女性が妊娠を継続していくことが困難な病気があると、妊娠を極力避けるように指導しています。そのような状態で仮に妊娠が起こった場合、時には、妊娠を中断するように勧めなければならないこともあります。これを殺人とは決して言いません。

 若くして妊娠したとき、置かれている状況によっては、精神的、社会的、経済的にとても妊娠を続けることができないこともあります。100%確実な避妊法が存在しない以上、仮に避妊が行われようとも、セックスの結果としての妊娠を避けることはできません。僕は、妊娠する側にある女性には、モラルとか宗教とかの理由ではなく、健康という視点から、中絶という選択肢があることをしっかり知っておいてほしいのです。

 中絶の権利を行使するにあたっても、悔いが残らないように、相手と十分に話し合ってください。時には両親や学校の先生を交えてでもいいでしょう。今の段階では自分の選択は間違っていないのだという確信をもって行動してほしいものです。

北村邦夫

北村邦夫(きたむら・くにお)

1951年生まれ。産婦人科医。自治医科大学医学部一期卒。リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の向上などをめざす一般社団法人・日本家族計画協会理事長。同協会市谷クリニック所長。(http://www.jfpa-clinic.org/) 予定外の妊娠の回避や、性感染症予防の啓発に力を入れている。著書に「ピル」(集英社新書)、「ティーンズ・ボディーブック(新装改訂版)」(中央公論新社)など。