[PR]

 今だから、新しい発見もあるはず――。昨年のプロ野球パ・リーグ連覇に貢献し、最優秀選手(MVP)に選ばれた西武の森友哉捕手が、自身の大阪桐蔭高校時代を振り返り、いまの高校球児にエールを送った。(構成・井上翔太)

 「大阪桐蔭すげえ」と思ったのは、小学生のときです。辻内さん(辻内崇伸=元巨人)、平田さん(平田良介=中日)が主力で、中田さん(中田翔=日本ハム)が1年生で試合に出ていた。テレビで2005年夏の甲子園を見ていて、単純にかっこいいなと思いました。中学のチームに西谷先生(西谷浩一監督)が頻繁に見に来てくれて、それが進学の決め手でしたね。

 実際に入部して、練習はめちゃくちゃしんどかったですよ。死ぬ気で勝ちにいかないといけない。そのためにどんな練習をして、チームとして成り立たせていくのか。寮生活も初めてだったんで、最初はいろいろ難しかった。小中学校の頃と同じ「野球」のはずなのに、新しいことがたくさんありました。

 甲子園で優勝すること以外の喜びは、ないです。1年の夏に大阪大会の決勝でサヨナラ負けしたとき、自分はボールボーイだったんですけど、泣き崩れている先輩たちを見て「すげえチームやな」と思いましたね。

 春夏連覇を果たした2年のときは、すごくうれしかった。でも一つ上の代が作り上げたチームに、自分が入っていただけ。「自分の年で優勝したい」という思いは強かったです。

 だから新チームでキャプテンを任されたときは、すごくプレッシャーを感じました。その直前の夏の甲子園で優勝してから、日本代表にも選んでもらって、チームに帰ってきたらすぐに秋の大会。チームの状態も正直分からなかったし、このままで勝てるのかなという不安は、ありました。だから春の選抜大会に出られると決まったときは、ホッとしました。でも、余裕はなかったです。個々の能力を上げながら、チームもまとめないといけない。毎日、やらないといけないことだらけ。忙しかったです。

 名物練習ですか? 6月ですね。暑い時期に、冬用のウェアを着て走りまくるっていう1カ月間があるんです。夏の大会でバテないようにするためなんですけど、自分は嫌でした。自分たちの一つ下の代からは、さらにそこからマスクをつけるようになりました。

 頑張ったら頑張った分だけ、結果も出ますし、夢の舞台で野球ができるので、毎日が必死でした。最後の夏の甲子園で明徳義塾に敗れた後も、悔しいというよりも、やりきったという感じでしたね。達成感の方が大きかった。

 高校時代から大歓声の中で野球ができたというのは、プロの試合でも生きているところがあります。ある意味ちょっと慣れているというか、1年目から試合に出たときでも、それほど緊張せず、スムーズに入れたというのはありましたね。あと毎日、常にきつい練習をやってきたので、練習中のメリハリは高校で学んだかな。集中するときと、ちょっと抜くときと……。一緒に自主トレしている山川穂高さんは、すごい練習量ですよ。僕はそこまで体力がないです。集中型です。

 高校時代は最も「練習がウソをつかない」期間です。今は新型コロナウイルスの影響で思うように練習ができず、大変な時期を過ごしていると思います。ただ、今だからこそできることも、たくさんあると思います。自分やチームを客観的に見ることで、新しい発見もあるはずです。高校球児の皆さんを応援しています。

     ◇

 〈もり・ともや〉 1995年生まれ、堺市出身。大阪桐蔭高では藤浪晋太郎(阪神)とのバッテリーで、2012年春夏の甲子園を連覇。翌年秋のドラフト1位で西武に入団し、昨年はパ・リーグの首位打者と最優秀選手に輝いた。