立石義雄さんはいつも人の輪の真ん中にいた。経済団体の懇親会で、ゴルフ大会の前夜祭で、大阪・天神祭の船の上でも。その輪が少しでもほころびると、すっと別の人が入る。

 やっと輪の中に入ると、笑顔の立石さんが「おっ」と右手を挙げる。輪の中にいても、自ら語ることは少なかった。どちらかというと聞き役。その柔らかい立ち居振る舞いが人を引きつけたのだろう。

 話を向けると、幾度もうなずいてから自説を語った。話題の多くは、京都という都市の将来像だった。観光客はあまた訪れても、次世代をリードする産業がなかなか育たない。

 千年の都の伝統工芸・文化を支えるのは中小・零細企業が多く、後継者難に悩む。立石さんは、それらを先端技術と結びつけることに心を砕いた。それが「知恵産業」だった。

 そこには、父が起こした町工場…

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