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 明治期に患者の6割以上が亡くなる疫病が、島根県内で猛威を振るった。数年おきに繰り返した流行期を人々はどう暮らしたのか。新型コロナウイルス感染症が広がるいま、予防・治療法が未確立の疫病に直面した、当時の人々の思いを探った。

 松江市北部、日本海に面した島根町加賀の岩木地区。石造りの急な階段を約80段登った、地区の家々や海が見渡せる高台に木野山神社はある。明治期に県内を襲ったコレラを鎮めようと、オオカミを神の使いとして祭る岡山県高梁市の木野山神社・本社から分霊して、住民が明治15(1882)年に建立した。ドイツの細菌学者、コッホによるコレラ菌発見の1年前のことだ。

 当時のコレラ流行に詳しい鳥取短期大学の喜多村理子・非常勤講師(69)=民俗学=によると、コレラに「虎列剌」の漢字が当てられていたことから、「『オオカミはトラより強い』という言説の流布で、オオカミを祭る木野山神社を信仰する『木野山信仰』が、中国・四国に急激に広がった」と言う。同神社・本社によると、明治9年以降、各地で多数の講社(信仰する人々の団体)が結成され、最大で約2千の講社が存在したという。

 県内での流行は、「新修松江市…

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