[PR]

 日本国内の新型コロナウイルス感染症の感染者数が1万2000人を超えました。これは確認できた分だけですので、「本当の感染者数」はもっとずっと多いです。軽症者はPCR検査を受けられるとは限りませんし、クルーズ船をはじめとした先行事例からは感染しても無症状のままの人がけっこういることもわかっています。新型コロナウイルスに感染したけど診断されていない人はたくさんいるはずです。

 各国の感染者数が発表されていますが、検査体制が充実している国ほど確認された感染者数が多くなります。実際の感染状況や感染対策の有効性を評価するためにも、本当の感染者数を推定でもいいから知りたいところです。しかし、無症状の人も含めてかたっぱしからPCR検査をするのは難しいのが現状です。

 そこで抗体検査が注目されています。海外ではすでにいくつか抗体検査を用いた研究がなされていますし、日本でも調査目的での抗体検査を行うとの報道がありました。

 PCR検査はウイルスそのものを見ていますが、抗体検査はウイルス感染後の免疫反応を見ます。抗体検査と一口にいっても複数の方法があり、その一つがイムノクロマト法による簡易キットです。すでに複数の製品があります。原理的にはインフルエンザ迅速キットと同じですが、新型コロナ感染症の抗体検査では検体は鼻腔(びくう)拭い液ではなく血液を使います。検体採取のときに検査者が感染するリスクが低いのは大きな利点です。また、治ってしまうとPCR検査は陰性になりますが、血液中の抗体はしばらくは残ります。現在感染しているかどうかではなく、感染したことがあるかどうかを調べるには抗体検査のほうが向いています。

 ただし抗体検査には注意点もあります。新型コロナウイルス感染症において抗体の意義ははっきりしていません。抗体の意義は病気によって違います。麻疹や風疹なら抗体の存在は感染症から守られていることを示していますが、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症や慢性C型肝炎ではそうではありません。また、感染してから抗体ができるまでには時間がかかりますので、症状が出てすぐは診断の目的には使えません。「抗体がついたから安全だ」とか「抗体が陰性なので感染していない」といった誤解をしないようにしましょう。

 抗体検査を使った調査目的の研究も、解釈が難しいかもしれません。海外の抗体検査を使った研究では、PCR検査で確認された感染者よりもずっと多く、数十倍も感染した人がいるかもしれないという結果も出ています。ただ、検査は必ずしも正確ではありません。本当はウイルスに感染したことがなくても検査が陽性になる「偽陽性」が、一定の割合であります。

 偽陽性の割合が小さくても集団に適用すると大きな影響が出ます。たとえば、ウイルスに感染していない人の99.9%を正しく陰性と判定し、0.1%だけ偽陽性が出る検査キットがあったとしましょう。無作為に選んだ日本人1万人にこの検査をすると、本当の感染者数がきわめて少なくても10人ぐらいが偽陽性になります。日本の人口は1億2000万人ですから、そのまま掛け算すると感染者数を誤って12万人多く評価することになります。キットにより精度は異なります。新型コロナウイルス感染症の流行以前の検体や、流行が比較的抑えられている地域での結果と比較するなど、慎重に判断する必要があるでしょう。

 偽陽性だけではなく、本当は感染していたのに抗体検査で陽性にならない「偽陰性」もあります。ただ、抗体検査に限らず、どの検査もなにかしらの欠点はあります。それぞれの検査法の特徴を理解し目的によって使い分ければいいのです。検査の選択肢が増えるのは喜ばしいことです。

《酒井健司さんの連載が本になりました》

これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/

拡大する写真・図版内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。