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 約9千人の犠牲者を出したネパール大地震から25日で5年。崩れたビルの下敷きになって両足を切断後に水泳を始め、東京パラリンピックを目指す青年がいる。新型コロナウイルスの影響でいまは泳ぐこともできないが、それでも前を向いて出場を見すえる。

 首都カトマンズの大学生ラメシュ・カトリさん(22)。地震発生時、8階建てビルの3階にあったゲストハウスの食堂で、ウェーターとして働いていた。大きく揺れ、気づいた時にはコンクリートの塊が体にのしかかり動けなかった。約12時間後に救出されて病院に運ばれたが3日間、意識不明の状態だった。

 意識が戻り、看護師から両足の切断を告げられた。「どうやって弟と妹を学校に行かせてあげられるか」との思いがよぎった。カトマンズから約700キロ西にある村の出身で、長男として4~6歳下の弟と妹のため学校を退学し、出稼ぎに出ていた。

 義足や車いすの訓練を受けながらも、自分の未来を考えてふさぎ込んだ。転機が訪れたのは、地震の翌年。同じく地震で被災した友人とプールに行き、透き通った水を見ているうちに泳ぎたくなって車いすから飛び込んだ。幼いころ故郷の川でよく泳いだが、両足がない状態では浮くことさえ難しかった。おぼれかけたが、「最高に気持ちよかった」という。

 医師や看護師、歩き方を教えてくれるトレーナーら、支えてくれる人の前では笑顔でいようとした。「できないことではなく、できることを見つけていこうと思うと、いろんなことに挑戦できた。もともと、家の中でじっとしているのは嫌い」。水泳以外にもバスケットボールやダンス、義足でのヒマラヤ登山にも取り組んだ。

 毎朝泳ぎ、昼は学校に通い、放課後はバスケットをした。2016年には障害者の国内の水泳大会に出場。25メートルを22秒で泳ぎ、金メダルを獲得した。パラリンピックに出て世界で勝負したい、自分の泳ぎを見てもらいたい。希望がふくらんだ。

 この年に日本側の招きで神戸などに1週間滞在し、選手として強化訓練を受けた。ネパールでは1年のうち半分しか泳げないが、日本の屋内温水プールは年中泳げることがうらやましかった。指導にあたった酒井正人さん(64)は「上半身の体幹を使った力強い泳ぎが印象的だった。まじめでのみ込みも早かった」と語る。

 18年にインドネシアで開かれたアジア競技大会にも出場したが、その後は地元の人が支援してくれるお金に限りがあり、国際大会に出られなくなった。ネパールパラリンピック水泳連盟によると、4月にシンガポール、5月にポルトガルで国際大会が予定され、カトリさんも出場資格があったが、新型コロナの影響で大会はキャンセルに。連盟のサロジ・シュレスタ会長は「彼にとってもネパールにとっても、悲しいことだった。ただ、カトリはいつも笑顔で誰にでも話しかけ、皆から愛されている」と話す。

新型コロナで大会キャンセル

 目標としてきた東京パラリンピックも延期になった。ネパールは感染拡大を防ぐために3月下旬からロックダウン(全土封鎖)の状態で、家の外に出られない日々を送る。そんな状況でもカトリさんの意欲は衰えず、8畳ほどの自分の部屋で筋力トレーニングやヨガを毎日朝晩、欠かさない。「泳げないことはつらいけど、目標があればがんばれるし、がんばることは楽しい。あきらめず、来年の東京パラリンピックに必ず出たい」(奈良部健)