[PR]

 岡山県和気(わけ)町の和気閑谷(しずたに)高校野球部が、身体障害者専用の野球グラブをプロデュースした。地元のグラブ職人の協力を得て昨年12月から製作を開始し、3カ月半かけて完成にこぎつけた。同校によると、専用のグラブは世界初という。

拡大する写真・図版和気閑谷高校野球部が開発に協力した身体障害者専用のグラブ。早嶋健太投手の使い方に合わせた工夫が施されている=同校提供

 きっかけは、2018年夏の西日本豪雨で、身体障害者野球チーム「岡山桃太郎」の活動場所がなくなり、同校野球部がグラウンド提供や練習サポートを始めたことだ。19年度の文部科学省の「地域協働事業」の指定校に認定されたこともあり、合同で野球教室開催や練習試合を行うなど交流を続けてきた。

 「桃太郎」の選手たちが、工夫しながらひたむきにプレーする姿に感銘を受けた部員たちは、他にもできることはないかと考え、道具に着目した。生まれつき左手首から先がない桃太郎の右腕・早嶋健太投手(24)が、投げる際にグラブの網目に左手を引っかけていたことなどから考案した。

拡大する写真・図版和気閑谷高校野球部の河野純大君=同校提供

拡大する写真・図版和気閑谷高校野球部の浜本涼一君=同校提供

 アイデアをイラストに描き、岡山市の野球用具店「タカギスポーツ」のオリジナルグラブブランド「ロマネクロウ」の協力を仰いだ。河野純大(あつひろ)君(現2年)、浜本涼一君(同)の案が採用され、背面に左手を入れるポケットがついたグラブができあがった。

 グラブを持ち替える時に右手を入れやすいよう、中指と薬指の仕切りをなくすアイデアは、生徒らとグラブ職人の森川徹也さん(32)の話し合いの中で生まれた。森川さんが特に苦労したのは、ポケットの耐久性。「一人ひとりに合うグラブをつくるのが技術者。私にとっても挑戦だった」。本来は使わない硬い革を土台にしたり、プラスチック製の板を差し込んだりして工夫した。革が伸びても締め具合を調節できるアジャスターもつけた。

拡大する写真・図版身体障害者専用グラブの開発途中の様子。案が採用された和気閑谷高校の部員2人のほか世界大会MVPの早嶋健太投手(右奥2人目)も参加した=同校提供

 日本身体障害者野球連盟によると、プレーする際に椅子や松葉杖など動きを補助する用具は使用可能。今回の専用グラブも補助具に該当するため、問題はないという。

 同校の浮田圭一郎監督は「身体障害者選手の野球への姿勢を見て、部員もより真剣に取り組むようになった。これからも第2弾、第3弾と案を出していけたら」と話す。東京五輪では野球が正式種目として復帰するが、パラリンピックでは野球が採用されていない。専用道具の開発を進めることで、正式種目採用へ後押ししたいと考えている。

「野球の感覚変わる」

 岡山桃太郎のエース早嶋にとって、今回の専用グラブは「野球の感覚を変える」出来事だった。

 小学5年でソフトボールを始め、中学では軟式、津山東高校では硬式で1年秋からレギュラーに。そして中国六大学リーグの吉備国際大でもベンチ入りと、俊足巧打の外野手として健常者の中でプレーしてきた。「あるもの(道具)の中で自分なりに工夫してきた」

 これまでは十字の網目のグラブを使用してきた。球を投げる時は左手首にグラブを引っかけ、右腕で投げる。捕球する時は、素早く右手にグラブをはめて捕り、グラブごと左脇腹にはさみ、そして右手で球を取りだして送球していた。

 だが、投げる際にぶら下げたグラブが外れないよう左手に留意するあまり、右腕だけで投げようとして右ひじを痛めていた。

 大学野球部引退後、「岡山桃太郎」に入団。硬式野球でプレーしていた肩の強さを見込まれ、投手になった。2018年秋にあった第4回世界身体障害者野球ではエースとして日本代表を引っ張り優勝。MVPにも輝いたが、ひじの痛みは改善されず昨年3月に手術した。復帰しても、痛みは完全には取れず。そんな時に舞い込んだのが専用グラブの考案だった。

 新しいグラブを使うと、ひじへの負担は減り、左腕も使えて体全体を使って投げられるようになったという。「もっと(自分のプレーは)進化できる。僕がきっかけで、障害を持っている人の可能性がもっと広がってほしい」(大坂尚子)

拡大する写真・図版岡山桃太郎の早嶋健太。かつては球を投げる時に、左手首にグラブを引っかけて右手で投げていた=2018年8月26日

拡大する写真・図版専用グラブをはめて投げる早嶋健太投手。左腕を高く上げ、体全体を使って投げられるようになった=本人提供