11年前の試合で相手選手が死亡し、自身もけがを負って引退を余儀なくされた元プロボクサーが再出発した。この春、地元の堺市で体をもみほぐす「リラクゼーションサロン ほぐし屋KID」をオープンした金光佑治さん(36)。葛藤を乗り越え、「力強く生きていきたい」と誓う。
金光さんの店は3月1日に開店したが、新型コロナウイルスの感染拡大により完全予約制で営業している。滑り出しは上々とはいえず、昼間は近くの飲食店でアルバイトをしている。それでも表情は晴れやかだ。「厳しい状況ですけど、知り合いの競艇選手らが来てくれて、人のありがたみを感じます。何とか耐えていきたい」。自身も腰痛に悩んだだけに、個別に細やかな施術を心掛ける。
金光さんはかつて「堺のダイナマイトキッド」の異名を持つボクサーだった。店名の由来でもある。日本王者にもなったが、その景色を見たのは一瞬だった。
2009年3月21日。24歳の金光さんは東京・後楽園ホールで日本ミニマム級王座決定戦に挑んだ。相手の辻昌建(まさたて)さんは30歳。ともに初のタイトル戦で、壮絶な打ち合いになった。
序盤は辻さんが有効打で上回ったが、金光さんは流血しながらも前進を止めず、中盤に攻勢を強めた。最終10回、連打を浴びた辻さんは立ったままレフェリーに止められ、試合終了。そのままリング上で意識を失い、担架で運ばれた。
勝った金光さんも控室で意識不明に。救急搬送され、半日後に目を覚ましたが、そこからの記憶は断片的にしかない。3日後、辻さんが亡くなった。「訳が分からなかった。辻さんへの申し訳なさと、正直に言うと自分も死ぬんじゃないかという恐怖心もありました」と打ち明ける。
その後、硬膜下血腫と診断さ…