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夏の甲子園大会・地方大会が中止に

 全国高校野球選手権大会は、地方大会を土台にして成立している。1915(大正4)年に前身の全国中等学校優勝野球大会が創設された時も、終戦の翌46(昭和21)年に復活開催された時も、全国の学校に参加を呼びかけるところから始まっている。

 とくに終戦直後は朝日新聞の社員が全国を巡回し、各地の状況を視察したという。ボールをはじめ野球用具が不足し、芋畑や麦畑になっているグラウンドもあったが、用具を供給できれば大会を開催できると判断した。「戦争は終わった。厳しい状況下ながら、着実に前に進んでいるという実感があった」と当時を知る人は振り返っている。

 コロナ禍の今はどうか。医療関係者や行政の尽力と国民の協力により、事態は収束に向かっているように見える。一方で、感染拡大に転じる第2波がいつ起きてもおかしくないと専門家は警告する。

 もし全国49地方大会中に、どこかで再び緊急事態宣言が出されれば、中止せざるを得ない大会が出るかもしれない。さらには大会を開催することが、感染拡大につながる危険性もある。苦渋の決断となった。

 大会は中止されるが、全国の球児が目標としてきた第102回大会は、大会回数としてカウントされる。目標とする大会がなくなり、日々の練習もままならないという経験をした「102回世代」が、厳しい現状をどう受け止め、未来に向かっていくのか。全国の高校野球ファンとともに見守っていきたい。

 星稜(石川)の山下智茂・元監督は「選手にかける言葉が思い浮かばない」と落胆しつつも、「人生に試合終了のサイレンが鳴ったわけではない。いつか、この経験も歴史になる。君たちが語り継ぐ。あの経験があったから、と話せるよう頑張って欲しい」と語る。

 球児たちの思いを受け止めながら、今後は各都道府県でそれぞれの実情に応じて、何ができるかを検討していくことになる。試合をさせてあげたいという思いは共通だ。高校野球の原点に立ち返れば、学校のグラウンドで対抗試合をした歴史にさかのぼる。

 「102回世代」が背番号をつけてプレーする舞台を、たとえ1試合ずつでも用意できないか。みんなで考えたい。(編集委員・安藤嘉浩