涙の球児へ 甲子園51勝の名将・馬淵監督が贈った言葉

湯川うらら 清野貴幸
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 「おまえらが目標にしとった大会がない。非常に残念でたまらん」。新型コロナウイルスの影響で第102回全国高校野球選手権大会の中止が発表された5月20日午後4時すぎ、高知県須崎市の明徳義塾の野球部専用グラウンド。馬淵史郎監督が約100人の部員に大会中止を伝えた。

 春夏の甲子園通算51勝を挙げた名将の語り口は寂しげで、部員の円陣の輪には、目を潤ませ、涙をぬぐう姿もあった。

 強豪の同校は今春の選抜大会に19回目の出場を決めたが大会は中止に。新型コロナウイルスの影響で高校スポーツが次々と中止になるなか、鈴木大照主将(3年)は不安がるチームメートと何度も話し合い、「夏にもう一度甲子園に行こう」と鼓舞し続けてきた。

 新型コロナで厳しい練習が制限される一方、部員が過ごす寮生活では、検温や消毒を徹底した。食事の際の距離などにも注意を払い、「最後の夏」に望みをかけていた。

 大会中止を受けて鈴木主将は「3年生はまだ高校野球は終わっていない」と前を向く。

       ◇

 馬淵史郎監督が部員に語った言葉は次の通り。

 今、日本高野連の発表で中止が決まった。今大会は102回の回数には入れるらしいが、中止。地方大会も中止だ。

 おまえらが目標にしとった大会がないので、非常に残念でたまらん、俺も。3年生は、選抜も中止になったところで、最後の夏に自分の力を発揮できる大会がなくなったというのは、本当につらい。今の社会情勢から言ったら、おまえらも50%ぐらいは「(大会が)ないんじゃないか」という気持ちは持っていたと思うけど、正式に決まったんで。

 ただ、いつも言っているように、高校野球の目的は「人間づくり」やから。勝つか負けるか分からん。優勝せん限り、どっかには負ける。4千校近いチームの中で1チームだけで、あとのチームは、予選か甲子園に行ってどっかで負けるか、負けて終わるわけだ。

 目標としとったものがなくなるというのは、本当にね、なんとも言えん。一言では残念としか言いようがないけど、それだけでは言葉が足らんと思うんやけど。

 目的は「将来につながるための高校野球」やから。それだけは忘れんなよ。勝った負けた、甲子園に出場できるできない、レギュラーになったなれないと、いろんなことがあるけど、要は、世の中に出て通用するようなことをグラウンドで学ぶのが高校野球なんや。

 大会がなくなったからというんで、自暴自棄になり、目標を失ってふにゃふにゃの人間になったりしたらあかんど。まだまだ将来つながるんやから。

 新しい目標を立てて野球続ける者もおるだろうし、高校3年間で終わって進学して違った道に行く者もおれば、就職する者もおると思う。けど、必ず、今の親元を離れて寮生活をして打ち込んだものが、絶対どこかで生きてくるんやから。

 よその学校に比べたらまだ恵まれていると言ったらおかしいけど、四国大会でチャンピオンになり、神宮大会という全国大会の経験ができたというのは唯一の救いや。胸張っていいと思うけど、新しい目標を設定して、そこに向かってやっていかなならん。

 だから、今の時期で「甲子園がなくなった。はい新チームに切り替えます」というようなことはしない。まだ高知県で大会に代わるようなものも考えてくれているみたいなので、とにかくやれることを最後までやっていく。

 ええか、これでOB気分になって「終わった終わった」じゃないんだぞ。3年生も夏休みまでは、自分の目標に向かってしっかりやって、グラウンドには普通通りの時間に出て、普段通りの練習をやる。

 忘れんなよ。世の中に出ていろんな苦しいことがあった時に、耐えていける精神力をつけるというのが高校野球なんや。こういう苦しい時ほど、人間は試されるんで。甲子園だけがすべてじゃないんやから。人生、甲子園に行けない人間の方が多いんやから。全員が気持ち切り替えてやっていかないと。それでも最後まで同じ仲間とグラウンドでやれたというのが財産やから。10年、20年経って、「あの時、自分らの代は地方大会がなかった。試す場所がなかった」ということが、きっと役に立つ時があるから。

 これで気持ちを切り替えるのは難しいかもしれんが、次のステップにみんなが進んでいくようにしよう。今の状況は命に関わることやから。最近は若い者でも重症になったり命がなくなったりする者もおるんで。他の人にうつしたりする心配もある。

 地方大会がなくなったというのも、移動と審判員の安全(のため)。それと、今は医療態勢が崩壊しかかっているやろ。球場に医者を派遣するだけの余裕がないと言われている。高知県だけじゃない、甲子園もそうや。みんなを守ろうということよ、要するに。コロナから守ろうということで、大会をなくした方がいいんじゃないかということ。そういうとらえ方をせないかんのじゃないかな。

 今、ぱっといい言葉が出てこないけど、自分も高校野球やった人間やから。でも、俺らは負けて、それで高校野球に区切りをつけたんや。それがない分だけ、つらいわな。気持ちはよう分かる。親御さんもそういう気持ちだったと思う。そういう関係者のことも考えたら非常につらい。気持ち切り替えてくれとしかいいようがない。

 頑張ってやれよ、こっからだぞ。こっからが出発点だ。何も終着駅じゃないよ。こっから出発点だ。気持ち切り替えてやっていけよ、ええか。(湯川うらら、清野貴幸)

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