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 高校野球の夏の甲子園大会と、京都府の代表校を決める京都大会の中止が決まった。選手や関係者からは落胆の声が相次いだ。

 一連の大会の中止を日本高校野球連盟と朝日新聞社が発表したことを受けて、京都府高野連の米川勲理事長は20日午後、「指導者やチームメートと顔を合わせない中で中止を知る選手を思うと、無念だ。選手同士のつながりは、やっぱりグラウンドで汗を流すことなので」と取材に語った。

 甲子園に出場するチームを決めるための第102回全国高校野球選手権京都大会は、75チームが参加して7月4日に開幕し、決勝戦は27日に「わかさスタジアム京都」(京都市右京区)で実施される予定だった。

 ただ、京都は4月中旬に政府の緊急事態宣言の対象になり、今月20日時点で解除されていない。高校は休校中で、部活動もできていない実態がある。

 米川理事長は、府内で独自の大会を開くかどうかについて「検討中で未定だ。6月上旬をめどに方針を示したい」と話した。

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 「決まったのに決まっていないような、信じられない気持ちになった」

 取材にそう話したのは、龍谷大平安高(下京区)の山崎憂翔(りょうと)主将(3年)。中止の知らせは、休校になって帰省していた神戸市の自宅で、スマートフォンのニュースで知った。

 1年だった2018年、甲子園で先輩の活躍をスタンドで応援し、「とにかくかっこよくて、自分もあんな風に試合したい」と思った。甲子園を目指すことが野球のすべて。野球は高校までと決め、最後の夏に向けて自宅で筋トレなどの自主練習を続けてきた。

 「部活を通して人間的に成長できた。龍谷大平安に入ったのは間違っていなかった。でも、今はただ悔しい」。言葉を絞り出した。

 同校は18年夏の甲子園で春夏100勝を達成した伝統校。今夏も出場を目指したが、コロナ禍の中で野球部寮は3月に閉鎖となり、練習もできないでいる。

 原田英彦監督(60)は今月中旬、車を走らせ、愛知や岐阜、愛媛など各地の実家に戻った3年生34人に会いに行った。数分話しただけだったが、「6月に会うときに元気な顔で出てこいよ」と伝えたが、中止になった。

 残念だとしつつ、「現状を理解し、あきらめないといけない。あきらめなければ、次の目標を決められないから。野球選手として強くたくましく育っていけよと生徒たちに言いたい」と取材に話した。

 立命館宇治高(宇治市)の里井祥吾監督(37)は「高校で野球を終える部員からしたら最後の大会。ショックの大きさは計り知れないと思う。集まって話すこともできないのが、やるせない」と話した。

 京都代表として昨夏、37年ぶりに夏の甲子園に出場し、当時のメンバーが6人残っている。「2年連続」を目指し、監督らが自主練習メニューをSNSで部員に伝えて準備していた。

 岡田蒼司(そうし)主将(3年)は、野球部同学年のライングループに送られてきたメッセージで中止を知った。昨夏の甲子園では一塁手、2番打者で出場。「気持ちを切らさず、体を動かしてきた。もう一度甲子園に行きたかった。切り替えないといけないと思うけど、残念」と口にした。

 同部は21日夜にウェブ会議システムで臨時ミーティングを開く予定だという。(白見はる菜、高井里佳子)

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 1983年から36年にわたり、京都大会の審判員を務めた府高野連審判部の元副部長、塩尻澄雄さん(66)=綾部市=は「残念としか言いようがない。やむを得なかったと思う」と話した。

 自身も綾部高で球児だった。3年生の夏は京都大会の2回戦で敗退したが、「『自分たちの甲子園』という感じで、今も大切な思い出」と振り返る。

 審判として、選手たちを間近で見てきた。「とりわけ夏の大会は、3年生は負けたらこれが最後という思いで、レギュラー選手もベンチ外の選手も、苦楽をともにしてきた仲間として、必死に自分の役割を果たしている姿が印象的だった」という。

 負けた後の監督や選手による「ラストミーティング」を見聞きすることが多かった。「それまでの作戦的な話ではなく、ねぎらいや感謝の言葉、人生の話を涙ながらに話す。教育としての高校野球の原点を感じた」。だが今年はない。「かける言葉も見当たらないが、このつらい経験をなんとか糧にして成長してほしい」(向井大輔)

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 「コロナに負けるな ガンバレ京都」。京都市伏見区の市立神川中学校のグラウンドに20日、こんな応援メッセージが浮かび上がった。作ったのは教員ら6人。生徒を励ますためだが、高校球児への思いも重ねた甲子園出場経験者もいる。

 新型コロナウイルスの影響で休校が続くなか、3年生の担任の川坂聖さん(42)が「生徒らに明るい話題と思い出を贈りたい」と同僚らに呼びかけて実現。校庭の地面をならし、文字を浮かび上がらせた。

 加わった同僚の一人、椎葉一勲さん(30)は、2008年に福知山成美の主将として京都代表で甲子園に出場し、選手宣誓もした元球児。「甲子園は、恩師や家族らに感謝の気持ちを伝えられる舞台だった。メッセージは、高校球児への思いにも重なる」と話し、大会中止が決まった球児らを思いやった。

 別の同僚で、山口県の岩国高校の野球部員だった14年に春夏連続で甲子園に出場した河村凌輔さん(23)は「自分が高校3年生だったら、甲子園を目指していた気持ちをどこにぶつけていいか分からないだろう」と球児に思いを寄せた。そのうえで、「野球を通じた努力は決して無駄にはならない。礼儀やあいさつも含めて成長できた部分にも目を向けてほしい」と語った。(小林正典)