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 「死んだウイルスでも核酸が残っていればPCR検査で陽性になりうる」というお話を前々回にしました。ただ、ウイルスが死ぬかどうかについては議論の余地があります。「ウイルスは生物ではない。もともと生きていないので死ぬこともない」という考え方もあります。なので、「死んだウイルス」ではなく、「失活したウイルス」という表現のほうがより正確だったかもしれません。ただ、一般読者向けのコラムですから、その辺りは大目にみていただければ幸いです。

 ウイルスは生物なのか非生物なのか、ウイルスは生きているのか。この問題は深入りしようと思えばいくらでも深入りできますが、簡潔には生物をどう定義するかによります。専門家の間でも議論があるところで一つの正しい答えはありませんが、「ウイルスは生きているか?」という問いは、答えそのものよりも、答えを考える過程のほうが面白いです。

 明らかに生きているものや、逆に明らかに生きていないものの例を挙げるのは簡単です。私たち人間は生きています。私が原稿を書いているこの部屋には猫がいて、機嫌がいいときには膝に乗ってきますが、明らかに生きています。歌の歌詞にもあるようにアメンボやミミズも生きています。一方、石は生きていません。石は無機物だから生きていないのは当然と思われる方もいらっしゃるでしょうが、木製の机はどうでしょう。セルロースが主成分で有機物ではありますが、机は生物ではないですね。

 人間やアメンボは動きますが石や机は動きません。しかし、「動くかどうか」で生きているかどうかを判断する方法はざっくりしていて反例はいくらでも見つかります。うちの庭には小さな畑があり、エダマメを育てはじめました。植物も(枯れて死んでいなければ)生きていますが、たいていは動きません。一方、自動車は動きますが生物ではありません。

 生物学にお詳しい読者の方は、(1)自己複製する、(2)細胞で構成されている、(3)代謝を行う、という一般的な生物の定義をご存知かもしれません。この定義によれば、ウイルスは自己複製を行いますが、細胞を持ちませんし代謝も行いませんので、生物ではなく、よって生きていないことになります。ただですね、この3条件が生物の定義の最終決定版だとは私には思えないのです

 粘菌の中には、多くの核を持つけれども細胞構造を持たないものもあります。イメージとしては大きなアメーバという感じです。細胞構造がなくても粘菌は明らかに生物です。細胞構造ではなく外界と自己が膜で区切られていることが生物の定義とされることもありますが、それを言うなら「エンベロープ」という膜を持つウイルスがいます。ちなみに新型コロナウイルスもエンベロープを持っています。アルコール消毒が有効なのはアルコールがエンベロープを効率よく破壊するからです。

 代謝も、ウイルスが生物ではない根拠とされます。代謝とは、たとえばブドウ糖を酸化してエネルギーを取り出すといった、生命活動を維持するための一連の化学反応のことです。ウイルス粒子は単体ではただのたんぱく質と核酸の塊で、何も化学反応は起きていません。一方で、たとえば大腸菌は単体でも細胞内でさまざまな化学反応を起こし、適切な環境下で分裂・増殖します。

 しかし、肺炎や性感染症を起こす「クラミジア」という細菌は、エネルギーを産生するための酵素を持たず、単独では増殖できません。他の細胞に寄生しているときだけ、増殖することができます。自力で代謝できないことを理由にウイルスを非生物とみなすなら、同じ理由でクラミジアも非生物とみなさなければなりません。

 別にウイルスが生物だと声高に主張したいわけではありませんが、生物と非生物の境目はあいまいであることがおわかりいただけたのではないかと思います。もし将来、地球外の生物が見つかったり、自己複製するロボットが開発されたりすると、生物の定義が書き換わるかもしれない、などと想像をめぐらすのも楽しいことです。

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酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。