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 滋賀県の北部、緑に囲まれた小高い丘の上にある伊香のグラウンド。分散登校が始まり、約1カ月半ぶりにみんなが顔を合わせた22日、エースの隼瀬一樹(3年)に、車いすのマネジャー山本陸(りく)(2年)が顔を向けた。「大会中止になってもうたなあ」「代わりの大会、どうなるんやろう」

 山本は重度の脳性まひで手足を自由に動かせない。だが、小学生の時に甲子園のテレビ中継を見てから大の野球好きで、一昨年の秋、野球部に入った。同じクラスだった隼瀬に「野球部に入りたいんやけどできるかな」と相談した。「迷惑になるかも」と思っていたが、「できることをやったらいい。入ったら」と隼瀬が背中を押し、小島義博監督や他の部員も温かく迎え入れてくれた。

 山本はノックの球渡し、練習試合などでボールカウントのランプ表示を担う。最初は手の握力がなく、球を渡すどころか持つことすら難しかった。一生懸命リハビリに励み、今ではテンポよく渡せるように。そんな山本の姿を見て、部員たちも「陸君の渡した球は絶対に落とさない」と捕球に身が入るようになった。

 段差などがある場所では、部員たちは自然と山本のサポートをするようになった。登校時には毎朝2、3人ずつ、最寄り駅まで山本を迎えに行った。主将の竹原壮吾(3年)は「練習の時、陸の声は一番響く。陸から『ナイスプレー』と言われると特別『頑張ろう』と思う」。山本を中心にチームは一体感を高め、昨秋の県大会で23年ぶりに4強入り。選抜大会の21世紀枠の候補校に選ばれた。選考にはもれたが、隼瀬は秋の成績に自信をつけ、プロを目指すことを決めた。

 小島監督は振り返る。「陸がいたから野球部は成長できた。人の本当の意味での優しさを感じることができたのではないか」

 選手権大会の中止を受け、チームは「これから自分たちの夏をどう終えるか」を話し合う。山本は1年生の時に留年し、隼瀬や竹原とは学年が違う。夏の大会を機に一緒に引退しようと思っていたが、今は2年生部員らに引き留められ、部に残るか迷っているという。「やっぱり、やろうかなあ」

 「ここからは陸君、自分で動き」「えー」。休校期間で草の生えたグラウンド。部員たちは雑草を抜いたり、水をまいたりして整備し始めた。大会の中止が決まっても、顔を合わせれば笑い声が響いた。隼瀬は「陸君はみんなを元気にできる存在。陸君がいてくれたからこそ、部活が楽しかった」。

 山本は言う。「中止になっても、大切な友達ができて、いろんなものをもらったことまではなくならない。試合に出るみんなの方がつらいはず。僕がみんなを元気づけなければ。僕はマネジャーだから」(佐藤祐生)