JR東日本の元社長で日本野球連盟の会長も務めた松田昌士(まつだ・まさたけ)さんが19日、肝臓がんで死去した。84歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長女の斉藤美詠子(みえこ)さん。後日、会社主催でお別れの会を開く予定。連絡先はJR東日本総務・法務戦略部企画ユニット(秘書)(03・5334・1215)。

 北海道出身。1961年に旧国鉄に入った。経営難から脱するために国鉄を分割・民営化すべきだと主張し、井手正敬・元JR西日本会長、葛西敬之・元JR東海会長とともに「国鉄改革3人組」「三羽がらす」などと呼ばれた。87年、民営化したJR東日本発足時に常務になり、93年に社長に就任。ホテル経営など多角化を進め、株式を上場した。

 会長だった小泉政権の時代には、道路関係4公団民営化推進委員を務めた。2005年2月には日本野球連盟会長にも就任した。

 この年の12月、山形県庄内町の羽越線で5人が死亡する列車事故があり、JR東日本の会長職を退いた。その後も、北京五輪の野球日本代表「星野ジャパン」の支援など野球振興に力を注いだ。