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 「雨あがる」「博士の愛した数式」など数々の名作を生み出し、最近では司馬遼太郎原作「峠」の映画化にも挑んだ映画監督の小泉堯史さん(75)。黒澤明監督が亡くなるまで約30年間、師事し、今もその教えを胸に制作を続けているという。そんな小泉さんが、「そばにいられるだけで幸福だった」という恩師・黒澤監督からかけられた忘れられない言葉とは?

拡大する写真・図版デジタル全盛の時代だが、フィルム撮影にこだわっている。「フィルムで長くやってきているので、そのリズムでないと」=川崎市麻生区、池永牧子撮影

 学生時代に「赤ひげ」(1965年)を見て「世界のクロサワ」にあこがれた。黒澤監督の下で仕事がしたいと一念発起、最初にたどり着いた仕事は1970年に公開された「どですかでん」の宣伝作業の下働き。旧ソ連で撮影した「デルス・ウザーラ」(75年)は限られたスタッフだったので、世界放浪の旅に出たり、他作品の助監督をしたりして時を待った。

 念願がかなったのは「影武者」(80年)の時だ。伊豆の温泉旅館で脚本を書いていた監督に武田信玄の資料を届けると、「小泉君も(この旅館に)くるんだろ?」

 「はい」

 「禅寺に入るつもりでおいで」

 東京の下宿に一度戻り、荷造り…

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