新潟県醸造試験場長を務め、県産日本酒を淡麗辛口の高品質に導くなど尽力した朝日酒造(長岡市)の元専務、嶋悌司(しま・ていじ)さんが死去した。90歳だった。同社によると、嶋さんは病気療養をしており、18日に亡くなったという。葬儀は遺族のみで行われ、「お別れの会」を秋ごろに予定しているという。

 同社などによると、嶋さんは新発田市に生まれ、宇都宮農林専門学校(現宇都宮大学農学部)を卒業後、酒造りの研究と担い手を育てる県醸造試験場に技師として就職。戦後、甘口から辛口に変わりつつあった消費者の好みを感じ取り、当時「砂糖水」とやゆされることもあった県産日本酒を淡麗辛口の方向に転換するよう指導した。

 54歳で試験場長を退職した後、朝日酒造の工場長に就任し、同社の看板商品となる「久保田」の開発を主導。蔵元が小売店を選別して直接取引する画期的な販売方式が新たな市場を開拓し、東京の居酒屋に「久保田あります」と貼り紙が出るほどの人気を呼んだ。1991年専務に就任し、2003年に退任した。

 こだわりは著書にもみられ、「酒を語る」(朝日酒造発行)では「飲み屋で客の様子を見ても、(略)談笑しながら、いつの間にか酒を空けている。酒は心の潤滑油だ。酒を仲立ちに食べながら、心を通わせる。その酒は、料理の味が分からないほど、くどくては困る。あっさりして、軽めの方がいい。新潟清酒の特徴は、その方向を目指して仕上げてきたところにある」と書いている。(古西洋)