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 なにげない一連のしぐさは、大きな意味を持っていた。

 2年前の7月27日、第100回全国高校野球選手権記念北大阪大会の準決勝。大興奮に包まれた満員の大阪シティ信金スタジアムの真ん中で、大阪桐蔭の投手、根尾昂(あきら)は、平然とした表情で「ツーアウト」と周囲にジェスチャーを送り、球審にボールの交換をお願いした。

 ライバル履正社との一戦。八回裏、先発で好投を続けてきた根尾が履正社の6番松原任耶(現帝京大)に左越え適時三塁打を浴び、3―4と逆転を許した直後だった。「最強世代」と呼ばれ、のちに春夏連覇を達成する彼らが、この夏、最も追い詰められていた。

 根尾の動きを観客席から見ていた、前年主将の福井章吾さん(現慶大)は、その落ち着きぶりに驚き、再逆転を信じたという。「あの場面で審判にボール交換を要求できるなんて。ピッチャーがあんなに冷静なマウンドさばきをしてくれると、野手陣は勝手に落ち着きます」

 残す攻撃は九回のみ。土壇場で試合をひっくり返された投手が落ち込むことも、カリカリすることもなく、すぐに野手に声をかける。間を取って流れを切り、次の打者を淡々と打ち取る。チームの雰囲気を「落胆」に変えなかったことが、攻撃へとつながった。

 九回の大阪桐蔭は9番から。根尾は5番打者だが、ベンチに戻ると、すぐにヘルメットをかぶって自分の打席に備えた。

 先頭打者が安打で出塁したが、次打者のバントが小飛球となり、併殺に。西谷浩一監督が「棺おけに両足を突っ込んだ」と表現した状況で、2番宮崎仁斗(現立大)からの中軸が4連続四球を選んで追いつき、6番山田健太(現立大)の適時打で再び試合をひっくり返した。同点の押し出し四球を選んだのは根尾だった。

 履正社が過去2年、一度も登板のなかった外野手の浜内太陽(現筑波大)を秘策として先発させたこと。大阪桐蔭がその作戦すら、準々決勝のブルペンで投球練習する浜内を見逃さずに想定していたこと。試合最終盤の劇的な展開。どんな状況でも、やるべきことを淡々とできる根尾のすごみが発揮されていた。

 野手としてドラフト1位でプロ野球中日へ入団し、今年が2年目。昨オフには、台湾のウィンターリーグに参加した。巨人から同リーグに派遣された高校時代のチームメート、横川凱(よこがわかい)はグラウンド外での根尾の変わらぬ姿勢を見た。「台湾でも、道具を率先して運んでくれていました」。そういえば、あの履正社戦後も、根尾は最後までベンチの掃除をしてから取材の場に現れていた。

 今年2月の沖縄。久しぶりに根尾に会った。阪神とのオープン戦。練習を終えるとすぐにネット裏へ向かい、相手の打撃練習を見つめていた。何か参考にできるものはないか、真剣なまなざしで。握手をした右の手のひらは無数のマメでカッチカチに固まっていた。

 グラウンドの内で外で。自分を見失わず、常にやるべきことをやり切れるのが根尾という野球選手。だからこそ、活躍を期待せずにはいられない。(山口史朗