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 東日本大震災からの復興に向け、川内村で始まった地元の米を使った日本酒造りが苦境に立たされている。昨年の台風被害に加え、新型コロナウイルスの感染防止のため村内外の活動の担い手が集まれないからだ。交流人口を増やし、過疎の村を活気づける狙いもあるだけに、関係者は先行きを心配する。

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 「村の酒をつくりたい」――。活動は村商工会の井出茂会長(65)の4年前の発言がきっかけで始まった。

 村は当時、東京電力福島第一原発事故による全村避難から徐々に人が戻り、人口が事故前の3分の2になった頃だった。ただ、農産物の風評被害は根強く、農業に閉塞(へいそく)感があった。

 酒造りは地域再生を手掛けるNPO法人「元気になろう福島」(福島市)が支援に入り、2017年度から本格化。高冷地に適した酒米選び、大和川酒造店(喜多方市)への醸造委託などが決まり、地域課題を実践的に学ぶ福島大学の学生も田植えや稲刈りなどに参加した。

 村には、モリアオガエルの繁殖地として国の天然記念物の指定を受けている平伏沼(へぶすぬま)がある。「蛙の詩」で知られる詩人、草野心平(1903~88)=いわき市出身=が村を度々訪れ、名誉村民になった。

 酒の名前は、村民投票で「歸宴(かえるのうたげ)」と決めた。「歸」は「帰」の旧字で「川内に帰る」「モリアオガエル」を意味し、村の誇りや歴史も踏まえた。「宴」は文字通り、集まって酒を酌み交わすという思いを込めた。

 1年目は1200本(4合瓶)、2年目は350ミリリットル入り千本を含め3500本と順調に生産を増やした。3年目は酒米を保管する倉庫が昨年10月の台風で水につかった影響で1500本にとどまったが、井出会長は「村の人が、お土産に持って行ける、と喜んでくれている。村の自信や誇りにつながった」と手応えを感じていた。

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 しかし、今年になると想定外の事態が続いた。

 台風被害の復旧が遅れ、酒米を確保するための農地が十分に確保できず、作付面積は当初予定の50アールから30アールに。新型コロナの感染拡大のため、県のアンテナショップ「日本橋ふくしま館」(東京都)で3月に行われた販売イベントは規模を縮小した。

 「歸宴」を応援する「かわうち酒宴(さかもり)会」を立ち上げ、3月には東京や埼玉など県外を含め約20人が参加する設立総会を開く予定だったが、延期になった。

 「元気になろう福島」の支援は3年を区切りに、昨年5月に設立された一般社団法人「かわうちラボ」に受け継がれた。「酒宴会」は、これまでの活動を一過性に終わらせず、地域に根付かせる「実動部隊」のような存在と期待されていた。

 酒米の田植えは、村内外の人たちが交流する絶好の場だった。今年は5月中旬ごろに「酒宴会」のメンバーやボランティアら40~50人で行う予定だったが、コロナの影響でなくなり、全て協力農家に任せ、24日に行われた。

 この3年間、酒造りと販売を通じて村の魅力を発信し、少しずつ交流人口が増えてきた。しかし、今年は入り口の段階でストップした格好だ。井出会長は「原発事故と単純に比較はできないが、今回も相当痛い。自然災害の一つと捉え、前を向くしかない」と話している。(長屋護)