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 細菌とウイルスはさまざまな点で異なります。細菌は細胞膜に囲まれた単一の細胞からできていますが、ウイルスは細胞を持ちません。増え方も細菌は細胞分裂によって1個の細菌が、2個、4個、8個と倍々に増えていくのに対し、ウイルスは他の細胞の仕組みを利用して自分を複製し、増えるときは一気に増えます。

 大きさも違います。近年は巨大なウイルス(といっても細菌と同じくらい)も発見されていますが、一般的にはウイルスは細菌よりもずっと小さく、普通の光学顕微鏡では見えません。テレビのニュースなどで新型コロナウイルスの写真をよく見るようになりましたが、これは電子顕微鏡で撮影されました。

 19世紀の後半に炭疽(たんそ)菌、結核菌、コレラ菌などの細菌が次々と発見され、細菌学が飛躍的に発展しましたが、これは顕微鏡で細菌を直接観察することができたからです。細菌が病気の原因であると証明する古典的な方法は「コッホの原則」と呼ばれる以下のような方法です。

(1)病気の生物に見つかり、健康な生物には見つからない。

(2)病気の生物から単離され、純粋培養する。

(3)純粋培養した細菌を健康な生物に接種すると同じ病気になる。

(4)病気になった生物から、同じ細菌が見つかる。

 この方法で多くの細菌と病気との関係が証明されましたが、ウイルスの場合は普通の顕微鏡では見えないので、(1)の段階で証明に失敗します。本当はウイルスが原因で起きる病気なのに別の細菌が「ぬれぎぬ」を着せられることもありました。インフルエンザの原因はご承知のようにインフルエンザウイルスですが、ウイルスとは別に「インフルエンザ菌」という細菌があります。これは、インフルエンザ患者からこの細菌が多く発見されたため、原因菌だと誤って考えられたためです。

 さて、1898年に世界で最初に発見されたウイルスは「タバコモザイクウイルス」です。このウイルスは植物のタバコの葉にモザイク状の斑点を生じさせる病気を引き起こします。最初に発見されたウイルスがヒトの病気のウイルスではなく、植物のウイルスというのは興味深いです。タバコ栽培は経済的に重要でタバコモザイク病の対策が必要であったのと、実験が容易であったことからと思われます。

 ウイルスそのものを直接観察できないのに、どのような方法でウイルスを発見したのでしょうか。タバコモザイク病が伝染することはわかっていました。当初は細菌が原因だと疑われましたが、顕微鏡でいくら探しても原因菌は見つかりません。また、細菌を通さない目の細かなフィルターで濾(こ)した液も病気を引き起こす力を保っていました。

 ここまでなら、病原体ではなく水に溶けるなんらかの毒素が病気を引き起こしている可能性を否定できなかったのですが、濾過と感染を繰り返しても病気を起こす力が弱まらないことが実験で示されました。普通の毒素なら薄まって毒性が弱くなるはずですが、この実験で「増殖する」という性質を持つことがわかったのです。

 その後、電子顕微鏡が利用できるようになり、タバコモザイクウイルスを直接観察できるようになりました。細い棒状で、おおよそ生物のようには見えません。長さが300ナノメートルといいますから、大腸菌の約10分の1の大きさです。こんなに小さいものの性質を明らかにしていった科学者たちの働きには尊敬の念を覚えます。

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酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。