コロナ治療、レムデシビルはゲームチェンジャーになるか
ゲームチェンジャーとは、プロ野球などの試合の途中で参加し、流れを一気に変えてしまう選手のことである。そこから転じて、これまでの状況を大きく一変させるような人や物を指す。難治性血液疾患などを専門とする小島勢二・名古屋大名誉教授が、新型コロナウイルス治療にゲームチェンジャーは登場するのか、解説した。
トランプ大統領が飲んだあの薬は?
米トランプ大統領は、抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキンを新型コロナウイルスに対するゲームチェンジャーとして推奨し、本人も感染予防に内服していると公言していたが、臨床試験ではその治療効果は確認されていない。
米国ギリアド・サイエンシズ社が開発した抗ウイルス薬であるレムデシビルが、新型コロナウイルスの治療薬として5月7日に日本で承認された。この承認は、5月1日に米国食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可がでたのを受けて、医薬品医療機器等法に規定された特例承認制度を利用したもので、申請から承認までに要した日数はわずか3日であった。治療対象となるのは、気管内挿管などの侵襲的人工呼吸管理や、体外式膜型人工肺(ECMO)による治療が必要な重症例に限定されている。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページに、レムデシビルの承認に関する審議内容が公開されている。申請に用いられたデータは、日本人を含む1063人を対象にした米国立保健研究所が中心になって実施した国際共同試験の結果で、承認のわずか10日前に速報として発表されたものである。
主要評価項目は、試験薬の投与日から病状が回復するあるいは退院までに要した日数で、レムデシビル群の11日は、偽薬群の15日と比較して統計学的に意味のあるほど短縮していた。一方、死亡割合は、レムデシビル群が8.0%、偽薬群は11.6%で、両者に有意な差は見られなかった。この試験結果を根拠に、わが国は、世界に先駆けてレムデシビルを薬事承認することになった。
効果は限定的
この国際共同試験が速報された同日に、中国からの237人を対象としたレムデシビルの無作為割り付け試験の結果がランセット誌に掲載された。困惑することに、中国からの結果は、回復にかかる日数、死亡率、さらに経時的なウイルス量の測定結果においても、レムデシビル群と偽薬群との間で有意な差が見られなかった。
このような状況下、国際共同試験の詳しい解析結果の公表が待たれていたが、その結果が、早くも5月22日のニューイングランドジャーナル誌に掲載された。
速報の結果と同様、主要評価項目である回復にかかる日数については、両群間で有意差を認めるものの、試験薬を使った後14日における死亡率は、レムデシビル群が7・1%、偽薬群が11・9%で有意差は見られなかった。
確かに、回復までの期間を4日間短縮できることは、患者本人にとっても、病床管理上も利点であるが、ただ回復を早めるのみで、最終的に治癒する患者の割合が増えなければ、治療される側にとっては期待はずれであろう。また、新型コロナウイルス患者の転帰の判定には数週間を必要とすることも多く、2週間で死亡率を比較するのは観察期間としては十分とは言えない。今回の試験結果から判断する限り、レムデシビルの効果は限定的でゲームチェンジャーとはなり得ないであろう。
今回の研究で得られた大きな成果は、重症度によってレムデシビルの効果に違いがあることが、はっきりした点である。治療開始時に重症度が測定されていない46人を除いた1017人を、病気の重症度に応じて①酸素投与を必要としない群②少量の酸素投与を必要とする群③酸素マスクなどを使った陽圧換気を必要とする群④気管内挿管による人工呼吸やECMOを必要とする群に分けた。
上の図で「増悪率」は、試験薬を投与開始2週間後の重症度が、投与開始前と比較して変わらないか悪化した場合、すなわち症状の改善が見られなかった患者の割合と定義した。
一目瞭然であるが、侵襲的、非侵襲的を問わず陽圧換気を必要とする重症患者は、死亡率、増悪率から見ても、全く効果が見られなかった。より軽症な群において、レムデシビルは、重症化を抑える傾向が見られる。さらに、酸素投与を必要としない軽症グループでは、死亡率において両群間に差は見られなかったが、少量の酸素投与を必要とする中等症グループでは死亡率を下げることができた。
■「併用薬」の開発…