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 1256回。大相撲の幕内玉鷲(たまわし)(35)は19歳での入門から1度も休場せず、連続出場回数を伸ばしている。7月19日に東京・国技館で開催をめざす次の場所で、順調にいけば歴代9位の記録を抜く。それでも数字を誇ろうとしない理由は、その土俵人生に結びつく。

 昨年秋場所6日目、序ノ口デビューからの連続出場回数が1202で歴代10位になった玉鷲に感想を求めた。「ああ、そうだね」。記録のことは薄々聞いていたらしいが、笑みはなかった。「何とも言えない。相撲は相手がいないと取れない。相手が土俵に上がってくれて、記録になった」

 1位が元関脇青葉城の1630回、2位は元関脇富士桜の1543回、3位が元関脇貴闘力で1456回……。力士の大型化などでケガが増えている角界で、玉鷲の記録は平成以降にデビューした力士で最多。次の場所で7日目まで休まず出場すれば、9位の元幕内蜂矢の1263回に並ぶ。

 土俵以外では温厚で、裁縫やケーキ作りが得意だ。そんな玉鷲が、「壊し屋」と揶揄(やゆ)された時期がある。

 身長189センチ、体重169キロ。手先と違って相撲は不器用で、突き押し一筋。2018年名古屋場所で、複数人を休場に追い込んでしまった技が、劣勢の土俵際で出る小手投げだった。

 相手の差し手を腕ではさみつけ、投げる。相手のひじを逆に曲げるほど強引になる時も。真剣勝負だから仕方のない面もあるが、「犠牲」の上に自らの出場記録が続いていると考えるから、玉鷲は喜ばない。最近、小手投げはほぼ見せなくなった。

 「子どもの頃はスポーツが好きじゃなかった。でも、パワーだけはあった」。故郷モンゴルでホテルマンをめざしていた18歳の頃、東大大学院に留学中だった姉と散歩した東京・両国で後の横綱鶴竜に偶然出会い、角界入りのチャンスが訪れた。04年初場所で初土俵を踏み、腕や足にけがを負っても稽古場に降り、番付社会を生きてきた。

 昨年初場所で優勝。34歳2カ月での初優勝は、旭天鵬(37歳8カ月)に次ぐ史上2位の高齢記録だった。玉鷲は30歳を過ぎて強くなったと評判だが、力は落ちてきた。関脇だった昨年名古屋場所で5勝にとどまり三役から落ち、次の場所は17年以降で最低の東前頭9枚目で迎える。

 トップの青葉城まで、あと374回。歴代の鉄人たちが歩んできた道を、玉鷲はどこまで進めるか。(鈴木健輔)