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企業監視20年③

 金融監督庁が発足する直前の1998年6月の週末、検察出身の日野正晴長官を囲んで幹部たちが集まった。佐々木清隆もその一人だった。海外から「日本の金融検査は甘い」とあざけられていた。「大蔵省から独立したんだから、ちゃんと検査していることを見せましょう」。そんな声が上がった。

 監督庁は発足してすぐ主要19行の検査に入った。佐々木は検査官たちに「必ず債権流動化スキームについて聞いて、資料を出させて欲しい」と命じた。破綻(はたん)した北海道拓殖銀行と山一証券は、ともに含み損を抱えた債権を「飛ばし」ていた。その飛ばしに使われたのが、クレディ・スイスが「債権流動化スキーム」と称して売り込んだデリバティブ。山一はクレディに損失を隠してもらっていたのにもかかわらず、破綻直前、そのクレディに出資してもらって延命を図ろうとしていた。飛ばしを知っている相手が延命資金を用立ててくれるはずがない。「信じられないですよね」。佐々木はそう振り返る。

 佐々木の元には外資系金融機関で働く知人からひそかにクレディの営業用資料がもたらされた。商品を構成する各パーツは合法に見えるが、すべてを組み合わせると悪事の手助けができた。当時クレディに限らず外資系大手証券会社が軒並み、日本企業の飛ばしの手伝いで荒稼ぎし、最も積極的だったのがクレディだった。飛ばしデリバティブを作るCSFPという会社を作り、地方にも販路を広げようと国際証券に営業を手伝わせた。「国際を手先にして継続的に反復して全国に蔓延(まんえん)させていたんです」

 検査官は英語ができず、デリバ…

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