拡大する写真・図版(C)伊藤理佐

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 このコラムでは、産婦人科医の立場で、みなさんに知っておいてもらいたい体と性の話をつづっています。今回は、人工妊娠中絶の3回目です。専門的な用語が多くて抵抗があるかもしれませんが、しばらくお付き合いください。

 ある高校生が計画のないまま妊娠し、結果として人工妊娠中絶(以下、中絶)をすることになりました。不安を抱えた高校生の立場になって、中絶手術に対する疑問を、Q&A形式で解説していきます。

 Q どのような手術ですか?

 A 中絶手術は妊娠12週未満の「初期中絶」と、12週以降、22週未満に行われる「中期中絶」では方法が異なっています。

 初期の手術は、専用の器具を使います(図1)。器具で子宮の入り口を広げ、子宮の内容物(胎児とその付属物)を除去し、子宮内膜を取り除いていきます。

拡大する写真・図版図1 中絶を行うための器具

 まず多くの場合、ピンホールのようになっている子宮の入り口にラミナリアという海藻の茎を挿入します。ラミナリアが水分を含んでジワジワ膨らむのを利用して、入り口をゆっくり広げていきます。それからヘガールという拡張のための器具を使って広げ、胎盤鉗子(かんし)という器具を使って、子宮の内容物を取り除きます。最後はキューレットという器具による子宮内膜をかきとる「搔爬(そうは)」が行われます。胎盤鉗子の代わりに、吸引して内容物を除去する方法もとられています。

技術をもった指定医師が実施

 Q 痛みはあるのですか?

 A 痛みを感じるのはあくまでも「脳」です。そのため、手を切ったなどの際に感じる物理的な痛みだけでなく、恐怖や不安に伴って「痛み」を感じることがありますので、中絶手術が行われる時に「痛み」がないとは申しません。でも、通常手術前に局所麻酔や眠気を起こすような薬を投与しますので、意識がもうろうとした状態で手術は終わります。痛みを感じなくなってから手術は10~20分程度で終わります。

 中期中絶となると、子宮が柔らかくなっているために、器具を使う方法では危険。プロスタグランジンE1を座薬として、繰り返し腟(ちつ)の中に入れて、子宮の収縮を起こさせて流産に導きます。入院のうえ救急処置のとれる準備を行い、医師の厳重な監視のもとで行いますので安心して受けていただけます。しかも、この薬の扱いは麻薬並に厳しく、母体保護法指定医師だけが使用を許可されており、中期中絶以外に用いることはできません。プロスタグランジンを使っても、ラミナリアで子宮の入り口を開き、流産の後処置として搔爬しなければならないこともあります。

 Q とても危険な手術と聞きますが、本当ですか?

 A 危険でないとは言い切れません。手術の操作をする場所が子宮の中であるがために、よく見えない中で手術をせざるを得ないわけで、器具で子宮の入り口を傷つけたり、子宮の内容物を完全に取り除くことができないで感染を引き起こしたりすることもあります。子宮に穴を開けてしまうこともまれにあります。中には、局所麻酔をかけた時のショックや、手術後の抗生物質の使用でアレルギー反応を起こすこともあり、軽い気持ちで手術というわけにはいかないのは事実です。

 そのため、中絶は高い技術を持つと認定された指定医師でなければ行うことができません。中絶手術を受けるにあたっては、指定医師であることを確認し、任せるならば、大船に乗った気持ちで手術を受けることです。

 今までの性教育といえば、中絶の手術をすると将来赤ちゃんができなくなる、子宮を傷つける、穴を開けちゃうこともあるなど、手術の危険性をこれみよがしに教え込むことで、「だから中絶するな」「だから妊娠するな」と強調するものが多かったように見受けられます。誰だって、中絶しようと思って妊娠する人はいませんし、中絶をするためにセックスするわけではないのですから、このような中絶手術に対する恐怖をあおるような教育・指導は意味がないと思っています。

 しかし、残念なことに、世界中どこにも100%を約束できる避妊法が存在しません。ということは、セックスが行われるならば、誰でも予想外の妊娠に直面することがあるということです。その結果として、中絶をするわけで、僕たちはそれをセクシュアル・リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)と呼び、決して奪われてはいけない女性の権利だと考えています。

 Q 薬を飲んで中絶するという方法があると聞いたのですが。

 A 女性ホルモンのひとつに黄体ホルモン(プロゲステロン)があります。これは、妊娠したときに、子宮収縮を抑制し、胎児の発育を促す作用があります。世界で広く使われている中絶薬は、基本的にこのプロゲステロンの作用を抑える働きをする薬を指しますが、より効果的に中絶を完了するために子宮収縮薬を併用することを勧めています。最初にプロゲステロンの作用を抑える薬を承認したのはフランスで1988年のことでした。以来、30年以上過ぎていますが、残念ながら日本ではいまだ中絶薬の使用が認められていません(図2)。インターネットなどで、中絶薬の情報を見つけることがあるでしょうが、専門家の手を経ないで使用して大量出血が起こり死亡したなどという例もありますので、勝手には使用してはいけません。

拡大する写真・図版図2 中絶薬が承認されている国・地域。薬が承認された年ごとに色分けされている(「Gynuity Health Projects」のウェブサイトより)

手術後は安静に

 Q からだへの影響は?

 A 医師の説明をよく聞き、納得して手術に臨み、手術がうまくいったとしても、その後に不摂生な生活をすれば、なんにもなりません。手術直後に無理をすると、大量出血なんてことにもなりかねないので、帰宅したその日は、しっかりと安静を保つこと。できたら3、4日はいつでも横になって、ゆったりとした時間を過ごせるようにしたいものです。手術をしたなんてことをひた隠し、翌日は体育に、クラブ活動に頑張って体面を保つなんて愚かなことだけはしないでほしいです。

 帰宅後、数日間は少量の出血が続いたり、麻酔の影響などもあって頭がボーッとしていたり、子宮を元に戻すための収縮薬を飲むので、時々おなかがキュッと痛くなったりするものです。でも38度近い熱が続く、月経の時にも体験したことがないような大量の出血や耐え難いほどの痛みがあったら、予約日なんか気にしないで医師に診てもらってください。

 Q 将来赤ちゃんは産めますか?

 A 中絶手術を受けたから「産めなくなる」ということはありません。むしろ、今回の経験を通して、妊娠できる体だってことがはっきりしたことは大きな収穫です。自信をもって、近い将来の妊娠を待ち望んでください。

 最後に、中絶を受けた、あるいは受ける可能性があるすべての人たちに伝えたいことがあります。経験しなくてもいいことはしないに越したことはありませんが、やむを得ず中絶手術を余儀なくされたカップルには、「経験にマイナスなしだよ」と声を掛けます。ただし、中絶後もセックスが行われることがあるわけですから、同じことが繰り返されないように、避妊を男性に依存するのではなく、女性が主体的に取り組める避妊法を選択できるようにしましょう。医療機関でしっかりと学び、低用量経口避妊薬(ピル)や子宮内避妊具など、避妊の選択肢があることを知ってほしいと思います。

 妊娠する性を持つ女性にとっては、産むための医療も、産まないための医療も、ともに必要です。そして、誰もが必要な時に、必要な医療を安全に受けることができるということは、とても大切なことです。

 これを読んでいる男性がいたら、パートナーが中絶を選択せざるを得なかった場合、よき理解者として彼女に寄り添っていける人であることを強く願っています。

北村邦夫

北村邦夫(きたむら・くにお)

1951年生まれ。産婦人科医。自治医科大学医学部一期卒。リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の向上などをめざす一般社団法人・日本家族計画協会理事長。同協会市谷クリニック所長。(http://www.jfpa-clinic.org/) 予定外の妊娠の回避や、性感染症予防の啓発に力を入れている。著書に「ピル」(集英社新書)、「ティーンズ・ボディーブック(新装改訂版)」(中央公論新社)など。