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 宮城県内の多くの高校で部活動が再開した。新型コロナウイルスの影響で、「最後の大会」が中止になった3年生は今、どんな思いでいるのか。ある野球部をたずねた。

 1日午後1時ごろ、約2カ月ぶりの練習が始まる前に、利府高校野球部の遠藤滉主将(3年)は一番にグラウンドに出た。休校期間中はLINEで部員の近況を確認していたけれども直接、顔は合わせていなかった。みんな前を向けているか、不安だった。

 この日は3年生26人で、約3時間の打撃練習。部員同士で1メートルほど間隔をあけて行ったミーティングで、遠藤君は全員の顔を見て語りかけた。「甲子園がなくなってモチベーションが難しいと思うけど、冬の頑張りが無駄になったわけじゃない。代替大会の可能性もあるから、がんばろう」

 ――「ういっす」。やはりみんなの返事は小さかった。以前より動きも鈍い。それでも「さあいこーぜ」と、打撃練習中も遠藤君は声を出し続けた。仲間と自分を鼓舞するためだ。気持ちが通じたのか、次第にみんなの声が大きくなっていったことがうれしかった。

 利府高校は2009年春と14年夏に甲子園に出場した強豪公立だ。町の野球少年だった遠藤君にとって野球部員は地元のヒーロー。街中で丸刈りの選手を見かけると「あれ、あの選手じゃね?」と友達と盛り上がるほどだった。「地元から甲子園に出たい」と進学を決めた。

 真面目な姿勢と打撃力を買われて昨秋から主将になったが、重圧に苦しんだ。スタメンから外れ、チームも秋は地区大会で敗退した。先輩は「何年ぶりだよ」と冗談を言ってきたが、申し訳なくて作り笑いしかできなかった。

 大会の後、「まだ夏がある。みんなで見返そう」と泣きながらミーティングで話し、冬場は1日千回バットを振り込んだ。春の地区大会はコロナの影響でなくなった。

 甲子園大会中止が報道された日は「野球やる意味があるのかな」とすら思った。いつもは厳しい父、聡さんに「キャプテン、色々がんばってたのにな」と、自宅で声をかけられると涙が止まらなかった。

 5月下旬、間橋康生監督が、仙台市内で練習していた遠藤君に会いにきてくれた。監督はもう新チームのことを考えているんじゃないかと思っていた。だが、かけられた言葉は「ここでの努力は必ず社会に出ても通用する。困難な時こそキャプテンの力が大事なんだ。頼むぞ」。先生のため、親のため。つらくても、もう一度立ち上がろうと思った。

 そして臨んだ部活再開の日。バットを振りぬくと、心地よい音とともにボールが飛んでいく。

 野球ってこんなに楽しいんだ。まだチームの士気は十分とは言えないが、いろんな考えの仲間がいるから、焦らず引っ張っていきたい。

 休校期間は将来のことも考えた。大学に進学して野球を続け、いつか教員になって生徒に野球を教えるつもりだ。仲間と白球を追えない時があったことを必ず伝えたいと思っている。(大宮慎次朗)