拡大する写真・図版盗掘穴から見た高松塚古墳の石室全景。左側が西壁、右側が東壁、奥壁中央に玄武が見える=2006年、朝日新聞代表撮影

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 「飛鳥(あすか)美人(びじん)」など国宝の極彩色(ごくさいしき)壁画で有名な奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)は、鎌倉時代(13世紀前半)に盗掘されたことも専門家の間でよく知られている。「犯人グループ」はどのように古墳に侵入し、何を盗んだのか? そのミステリーに迫る論文が発表された。

 論文を書いたのは、奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所(橿考研)の副所長、岡林孝作さん。16枚の凝灰岩の切り石でできた石室解体のため、2006年から行われた発掘調査に参加した経験がある。「盗掘の生々しい実態に迫ることで、盗掘を被る以前の古墳の状態をより正しく理解することが可能になるだろう」と述べる。

 調査で得られた知見から、岡林さんが推測する侵入経路はこうだ。

拡大する写真・図版盗掘口が開いた南側の壁石(下)=2007年撮影、奈良文化財研究所提供

犯人はどこから?

 地上に出ている古墳の表面から約2・5メートル掘ると、石室の天井部分に達する。犯人グループは南側の壁石に回り込み、幅73センチ、高さ37センチの穴をあけた。そこから石室の内部(奥行き約2・6メートル、幅約1メートル、高さ約1・1メートル)に侵入した。

 高松塚古墳ができた時代、石室…

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