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 自由な移動は制限され、レジャーを楽しむこともままならない。空前の訪日観光ブームから一転、観光地は新型コロナウイルスで深刻な苦境にあります。でも、今だからこそ日常を離れ、旅がしたい。そう願う人も多いはず。新しい生活様式になじむ新しい旅の可能性とは。旅する人、受け入れる人の声から探ります。

オンライン宿泊してみた

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、苦境が続く宿泊業。この状況を逆手に新サービスを始めたゲストハウスが、和歌山県那智勝浦町にあります。その名も「オンライン宿泊」。ネットを通じ、まるで旅に出たような体験ができるとか。旅行好きの記者も体験しました。

拡大する写真・図版「オンライン宿泊」に参加し、ビデオ会議アプリで乾杯する「宿泊客」たち。上段中が後呂孝哉さん。中段左が記者(4月24日、「WhyKumano」提供)

 午後8時、ゲストハウス「WhyKumano」は「チェックイン」の時間を迎えました。オーナーの後呂(うしろ)孝哉さん(31)が施設を案内します。「寝室はこちら。熊野古道をイメージした造りです」。木の良い香りがしそうだけど、においは分かりません。

 宿は昨年7月開業。しかし、軌道に乗り始めた矢先に、新型コロナでキャンセルが相次ぎました。先の見えない絶望感の中、打開策として4月からビデオ会議アプリを使ったこの取り組みを始めました。

 施設の案内を受け、この日の「宿泊客」たちと乾杯。自己紹介が始まりました。神奈川、東京、香川など国内各地に加え、フランスからの参加者もいて様々。「和歌山には去年行きました」「地元が同じ」。全員初対面ですが、会話が弾みます。

拡大する写真・図版宿内のバーを紹介するゲストハウス「WhyKumano」の後呂孝哉さん

 「宿の近くにはマグロの無人販売所があるんです」。後呂さんが、那智勝浦を案内すると、他の参加者も続きます。最近観光客に人気の浜辺や日本酒がおいしいお店など、様々な話題が出てきました。

 午後10時過ぎ、消灯時間を迎えます。参加者たちが笑顔で感想を言い合い、画面に手を振りながら、お別れのあいさつをしていました。

 と、ここまではオンライン飲み会の延長線上。宿泊は「チェックアウト」まで続きます。翌朝、参加者のSNSに後呂さんからメッセージが。リンクを開くと流れるのは、宿と熊野の日常を紹介する5分ほどの動画。実際に旅行をした時のような、宿を離れる少しの切なさと、これから訪れる場所への期待感を見る人に抱かせます。

 旅行ができなくても、家で過ごす時間を豊かにし、宿の新たなファンを増やすという意味で手応えを得たという後呂さん。一方、発見もありました。「子どもがいて旅行ができないなど、ゲストハウスに泊まりたいが泊まれないという人が多かった。新型コロナの収束後も、続けようと思います」と話します。「オンライン宿泊」という新たな概念を浸透させるつもりだといいます。(藤野隆晃)

画面越し「農場ツアー」に活路 北海道の井田芙美子さん

 北海道十勝地方で、「畑ガイド」による農場ピクニックツアーを行う「いただきますカンパニー」を経営しています。小麦やジャガイモ、トウモロコシなどの畑を舞台に、農家に代わって説明や体験の受け入れをしています。普段何げなく食べている食べ物にも生産者がいて、どんなに愛情を持ってつくっているか感じられる。普通の畑を観光資源に変え、生産者と消費者をつなぐ仕事だと思っています。

拡大する写真・図版畑での農場ピクニックツアー。中央が井田芙美子さん(いただきますカンパニー提供)

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、ツアーは7月17日まで休業中です。今季の利用者は8割減りそうです。影響が来年も続けば、首都圏のファミリー層や道外客がメインの今のやり方では生き残れないかもしれません。ワラにもすがる思いでオンラインツアーを行ってみました。現地の通信環境が悪いと画像・音声が乱れ、ツールの使い方にはまだ慣れていませんが、ガイディング自体はあまり違和感を感じませんでした。

 香りや感触、圧倒的なスケール感などオンラインでは感じられないものもありますが、ライブ感や、同じ時間を共有できる感覚、お客様とのやりとりなど、双方向でコミュニケーションを取れる面白さに、可能性を感じています。

 大変なのは私たちだけではありません。道内のほかの体験型事業者も、屋外という理由で休業補償が得られなかったり、家族経営ゆえ雇用調整助成金の申請が出来なかったり、支援の編み目からこぼれ落ちています。「これからは体験型観光が大事」と言われてきたのに、夏が終わる頃には、廃業に追い込まれる事業者も出てくるのでは、と心配です。

拡大する写真・図版「畑ガイド」による農場ピクニックツアーを行っている井田芙美子さん=2020年2月17日、札幌市

 そんな体験型観光事業者たちが集まり、オンラインツアー情報を共有できるフェイスブックのグループを5月21日に立ち上げました。350人以上が参加してくれました。さらにPRのため、仲間たちと動画投稿サイトユーチューブのチャンネルも作りました。

 「農業を伝える」。積み上げてきた仕事がなくなるのは悲しい。私たちに限らず、自然ガイドやカヌー、乗馬……、北海道の地域資源を生かした体験型の仕事があってこそ、そこに飛行機でくる人、長く泊まる人が出てくる。地域にとって必要な仕事になっていると思います。続けられなくなることは北海道の観光の魅力が消えてしまうことです。

 先のことはわかりませんが、生き抜くため、新しいことに挑戦しようと思うのです。一事業者で抱え込まず、仲間たちとノウハウを共有して試行錯誤できることは心強い。コロナ時代を生き抜くキーワードは「分かち合い」だと感じています。(聞き手・中沢滋人)

温泉旅「不要」と言われぬために 由布院の桑野和泉さん

 韓国や中国、台湾をはじめ内外からの人たちでにぎわっていた大分・由布院温泉のまちも、さみしいくらいたくさんのホタルが飛ぶ季節になりました。(社長を務める)旅館玉の湯の営業を再開した3日は、久しぶりのお客さまを3組お迎えしました。

拡大する写真・図版桑野和泉さん=12月20日午前10時48分、大分県由布市湯布院町湯の坪の由布院玉の湯、興野優平撮影

 桜、新緑、そしてホタル。自然豊かな地域の魅力を感じてもらいたい、でも移動の怖さとのつきあいが続くなかで、どういう旅なら安心で必要とされるのか。来る方々に心地よく過ごしてもらえるよう、県内、九州内のお客さまと新しい旅の様式、時間の過ごし方を探り、発信することから始めようと思います。

 休館した2カ月近くは、お客さまを緩やかに迎えるための原点とは何かを、改めて学ぶ時間でした。昨秋のラグビーワールドカップでは大分市でも試合があり、由布院にも欧米豪の方の行きつけのカフェやバーができたほどでした。でも、1カ所の滞在時間が短い周遊型が中心だったこともあり、滞在型の受け入れ態勢は不十分でした。これも「不要」と言われない旅の新しい価値を考える参考になります。

 いまは日本の魅力をきちんと磨く準備期間。観光立国と言われ、見失っていたものを見つめ直すことは、海外の方に日本が選ばれることにもつながります。

 スッポン鍋やクレソンスープといった食材を、厨房(ちゅうぼう)から旅の思い出とともに届けることも7月から始めたい。レストランや生産者、地域グループなど志が近い方々と、互いのお客さまにコラボ食材を届ける取り組みも検討しています。

 観光業はどこも大変で、地域によっても状況は異なります。感染症との長いつきあいは始まったばかり。一律の支援や短期間に一気に人の流れをつくるという従来の発想では、産業として長続きしません。(聞き手 編集委員・伊藤裕香子)

心に革命起こす機会 ナオト・インティライミさん

 半年前に世界デビューを果たしたところでしたが、今回の新型コロナの影響で、米国ニューヨークなど予定していた海外公演が三つも飛んでしまいました。世界ツアーなんて馬鹿げた夢物語のようですが、やっぱりそれは自分が「旅人」だからこそ生まれたものです。

拡大する写真・図版ナオト・インティライミさん(提供)

 大学生時代、初めての海外旅行の3日目。ニューヨークのアポロシアターのステージで飛び入りで歌ったら、会場中がスタンディングオベーションしてくれた。「人種や宗教なんて関係ない。面白いモノは面白いって言ってくれる」という大きな成功体験で、「いつかは世界に」という気持ちが湧きました。

 それから70カ国近くを旅してきました。基本は一人旅。五感を研ぎ澄まして、全身全霊で現地の人たちの環境に向き合い、感じようとする。そうすれば、「心の中の革命」を起こす機会が圧倒的に多くなると思うんですよね。人間ってどこか安定を求め、保守的。快適な日常ではなかなか心の革命って起こりづらいですよね。

 音楽家としても、音楽だけやっていたらいい音楽が作れる、というのは僕は違うと思うんです。経験して感じることが大事だと思って旅をしています。オンラインで世界中の音楽を聴けるけど、体感して自分の血や肉に入れるのとはやはり別。アラブで朝5時にモスクから聞こえる大きな音とか、音って自分がどこに存在しているか教えてくれる。

 旅は僕の人生の転機とも密接に関わっています。大学4年の時に1回目のデビューをしたけど鳴かず飛ばず。8カ月間、一人暮らしの部屋に引きこもっていたが、このままじゃいけない、と世界一周の一人旅に出ました。いつも刺激と変革を必要とするタイミングで、旅をしてきた気がします。

 旅にも出られない今は、つらい逆境です。でも、再デビューして10年、必死に駆け抜ける日々が続いてきたので、立ち止まって自分の内面と向き合う機会にもなった。心の革命という意味では、自分の中で旅とも近いなあと思います。数年後にふり返った時に「あの時があったからこそ、今こうやってやれている」という時期にしたいですね。

 そして、最後になってしまいましたが、最前線でコロナと闘ってくださっている皆様に最大限の感謝と敬意を送ります。

     ◇

 シンガー・ソングライター。「インティ ライミ」とは南米のケチュア語で「太陽の祭り」の意味。

「人と人」に新発想を ヨッピーさん

 日本で一番人気のある観光地ってどこだと思いますか? 僕の答えは「実家」。実家に行く理由は、親や地元の友達に会いたいから。観光って、人と人が結びつくことが一番強い動機で、最ももうかる究極のかたちなんですよ。従業員と仲良くなったホテルに毎年行くとか、キャンプ場で知り合った家族同士が毎年そこで年越しをする、とか。

拡大する写真・図版ヨッピーさん(本人提供)

 しかし、新型コロナのせいで人とつながることがリスクになってしまった。僕も旅行先での飲み歩きが大好きなんですが、当分は我慢しなくちゃいけないなと思っています。

 「コロナが終息したらどこに行きたいですか」というあるアンケートで、1位は温泉でした。旅行に行きたい気持ちはみんなすごく強いんだろうなあ。都心部でリモートワークが続く家族連れだって、息が詰まるんで、のんびりしたいという欲求は余計に強いのでしょう。

 ただ、観光業者は変わらないといけないでしょう。海外よりも国内、国内でも近県もしくは県内というように、遠くより近くのお客さんを重視するような戦略の転換が必要だと思います。さらに、大規模コンサートができない、密を避けるなどで当面は都市部観光が結構しんどい。だから、都市部のホテルは「宿泊から一時利用へ」という転換もあり得る。時間貸しや、宿泊以外の付加価値が提供できるかとか。

 それから、困った時に救いになるのがIT(情報技術)。今回もITで活路を見いだしているところはすごく多い。ある宿泊施設では未来の宿泊券を売るだとか、観光地の山を歩く様子をウェブ会議システムを通じてみんなに見てもらって、参加料を取るとか。もちろん厳しい状況が続く本業を全てカバーできないだろうけど、傷を小さくできる。

 変化に対応できる能力をもっているかが明暗を分ける。でも、これをやったら何とかなる、っていうものはない。みんな困っていて、それがもどかしい。知恵を出し合って業界が一丸となって頑張るしかないな、とも思っています。

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 1980年生まれ。フリーライター、全国の観光情報を発信するメディア「SPOT(スポット)」運営。

観光地、顧客層広げて 日本総研・高坂晶子さん

 新型コロナからの回復期には、やはり「安心安全」が最も求められ、衛生管理に対する旅行者の要求水準は相当高くなるでしょう。手軽なホテルでは自動チェックイン機、高級施設では部屋での個別対応が必要になる。ビュッフェ形式だった食事の提供の仕方も変える必要があります。サービスの内容の大幅な変更に伴い、コストも時間も、人手も結構かかるようになると考えられます。

拡大する写真・図版日本総研の高坂晶子・主任研究員

 最近は観光の質が変わり、観光客がSNSなどを参考に、商店街や地元のお祭りなど地域社会に入り込むことも多くなりました。地域住民との関係が観光にとって重要な要素になっており、地域でも感染防止のため「安心安全」な観光のあり方を、住民と事業者、行政が一緒に考えていく必要があります。

 今後、県境を越える国内旅行の需要は秋の連休あたりでほぼ回復し、海外からの観光客が戻るのは来年の初めぐらいかと予想しています。安全が確保されたら旅行がしたいという国内外のニーズは強い。欧米からの観光客の回復には時間がかかるかもしれませんが、特に東アジア方面からの意欲は旺盛で、戻りは比較的早いかもしれません。

 2003年に政府は「観光立国」を宣言し、訪日客誘致を観光振興策の主柱に据えてきました。観光業は国内の成長分野として残された数少ない重要な産業分野です。十分なポテンシャル(可能性)もあり、基本的な路線は継続されると思っています。

 ただ、今回中国からの客を集中的に受け入れていた旅館が倒産するなど、特定の国や地域の旅行者に依存したサービスは脆弱(ぜいじゃく)でした。観光はもともと、自然災害や感染症などの出来事に対して脆弱です。打たれ強い観光地になるためには、バランスのとれた多様な顧客層を開拓することが重要です。たとえば、当面主流となる国内旅行でも、十分取り込めてこなかった高齢者や身体障害者、乳幼児連れなどのニーズはあります。これまでの観光戦略を見直す必要性もあります。(聞き手・湯地正裕)

拡大する写真・図版新型コロナウイルス 観光への影響

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 旅行好きな記者は学生時代、旅先でゲストハウスに泊まることがありました。年齢や経歴が異なる人が集い、それぞれの経験を語り合いました。「オンライン宿泊」は画面越しだけれど、まるで同じ体験でした。さらに、宿の周りの観光地を知り、オーナーの人柄も会話から感じられるので、個人的には「あり」と思いました。

 ただ、技術が進歩しても、その場に行かないと体験できないことがあるとも気づかされます。街の雰囲気、圧倒される自然、そして人の温かさ。オンライン宿泊は、旅への思いを強くするきっかけとして、効果的かと思いました。(藤野隆晃)

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 https://www.asahi.com/opinion/forum/でアンケート「『安全』のため個人情報どこまで渡せる?」「コロナで子どもの暮らし大丈夫?」実施中。