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 午前7時に起き、9時から仕事、正午に昼食――。私たちは毎日、時刻に合わせて生活している。1920(大正9)年6月10日に「時の記念日」が制定されてちょうど100年。近代化が進むなか、正確な時刻を意識してもらおうとしてから1世紀で、日本人は秒にすら追われるようになった。時を刻む技術は日々進歩し、現在では高精度の原子時計が時刻を守っている。

 昨年の大みそか。深夜の東京・渋谷は身動きが取れないほどごった返していた。紙吹雪が舞い、カウントダウンが進む。興奮は最高潮に達した。

 いまや恒例となったカウントダウン。日本で初めて実施されたのが100年前、時の記念日のイベントだったとされる。日本の標準時の基準だった東経135度にある兵庫県の明石市立天文科学館館長の井上毅さんは「大砲や汽笛が一斉に鳴らされ、みんなで風船を飛ばした。日本の大衆が初めて秒を意識した瞬間だった」と話す。

 日本書紀によると、日本に初めて時計を設置したのは、大化改新を進めた中大兄皇子だ。660年、飛鳥の地に漏刻(ろうこく)という水時計をつくった。天智天皇となった皇子は漏刻を大津京に移し、671年6月10日に鐘鼓(しょうこ)を打って広く時を知らせたとされる。日本最初の時報の記録だ。

 「丑(うし)三つ」など、江戸時代までは日の出と日没を基準に時刻が決められ、夏と冬では時刻の間隔が違った。西洋から伝来した機械式時計を改良した和時計で日中と夜間の時間を等分し、鐘や太鼓を鳴らしていた。日時計や、一定時間で燃え尽きる線香やろうそくも使っていたという。庶民にとって1~2時間の誤差は許容範囲で、ゆっくりとしていたようだ。

 鉄道が走り、工業の近代化が進むと、時刻の正確さが重要になった。国立科学博物館(科博)の前身の東京教育博物館は1920年、「『時』展覧会」を開催。会期を延長するほどの大盛況を受け、政界や財界が呼びかけて「時の記念日」が決まった。

 時間の定義も変わった。地球の…

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