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 この夏も、甲子園に球音が響くことになった。日本高校野球連盟が10日、春の選抜大会に出場予定だった32校を招き、「交流試合」を8月に開催すると発表した。失望から一転して広がった驚きと喜び。部員や指導者らは様々な思いを胸に、大舞台に向けて前を見すえた。

 創成館(長崎)の稙田(わさだ)龍生監督は10日夕方の練習前、グラウンドのベンチ前に部員を集めた。「決まったんよ、甲子園」。最初、困惑したような表情だった部員たちだが、説明を聞くうちに笑顔に。練習が始まると「よっしゃ」と張り切った様子でランニングに臨んだ。

 3月に選抜大会の中止が決まった後、「春の忘れ物は夏、取りに行きます。」との看板を学校のそばに掲げた。その願いが届くことに。稙田監督は「夏の大会が中止になった中で、素直に喜んでいいのか」と複雑な思いも打ち明けつつ、「こんな元気な選手の声を聞いたのは2、3カ月ぶり」。上原祐士主将(3年)は「素直にうれしい。甲子園に立てない人の分まで全力でプレーする」と意気込んだ。

 選抜出場が初の甲子園だった鹿児島城西では、佐々木誠監督が「耐えて耐えて報われた。また明日から頑張ろう」と声をかけると、部員たちは元気よく「はい」と声をそろえた。八方悠介投手(3年)は「甲子園がすべてじゃない」と自分に言い聞かせてきたが、あきらめきれない気持ちがあったという。「甲子園は小さい頃からめざしていた聖地。ワクワクする」と笑顔をみせた。

 2年連続4回目の選抜出場が決まっていた明豊(大分)。昨年に続いてエースを担う若杉晟汰(せいた)主将(3年)は「夢にも思っていなかった」と驚いた。夏の甲子園も中止になり、目標を失った気持ちになっていたという。「またあのマウンドで投げられる。1試合を全力で勝ち抜きたい」

 大分商の渡辺正雄監督は、グラウンドで部員たちに率直な気持ちを打ち明けた。「くじけそうな俺に勇気を与えてくれたのはおまえたちだ。8月まで一緒に野球ができるのを本当にうれしく思う」

 選抜の中止が決まってから、部員たちに「1%の可能性を信じて前を向け」と声をかけてきたが、監督自身も迷い続けてきたという。「本当は苦しくて、選手にどういう顔でどんな声をかけてやればいいのかばかり考え3カ月を過ごしてきた」。川瀬堅斗主将(3年)は部員たちに「監督に甲子園で1勝を」と呼びかけた。「保護者や指導者の人たちに恩返しする場ができた。心一つに戦っていこう」

 21世紀枠で選抜の代表校に選ばれていた磐城(福島)。県立の進学校で部員は少ないが、昨年10月の東北大会で8強入り。昨秋の台風19号で被災した地元でのボランティア活動も評価され、46年ぶりに選抜に出場するはずだった。

 しかし大会は中止になり、3月末にはチームを率いた同校出身の木村保監督が他校へ異動。部員たちは「木村先生を甲子園に」との思いを胸に自主練習を続けてきたが、夏の全国選手権も中止になった。

 交流試合の開催を知り、「よく耐えた。野球の神様は見ていたな、と伝えたい」と木村さん。岩間涼星主将(3年)は部員たちに「悔しい思いも悲しい思いもしたけど、(3年生は)甲子園で高校野球を終えられる。一日一日を大事にみんなで頑張って行こう」と呼びかけた。

 明徳義塾(高知)は記者会見を開き、鈴木大照主将(3年)は「甲子園を目標にやってきたので、1試合でもできることに感謝したい」と喜んだ。春夏の甲子園が中止になり、それでも馬淵史郎監督は「甲子園は目標ではあるが、目的は違うところにある」と、夏までは3年生も練習を続けさせる意向を示していた。「耐えて頑張った選手に甲子園が迎えにきた。そういう気持ちで臨みたい。一度は諦めた甲子園を経験させてもらえることは、非常にうれしく思っている」