拡大する写真・図版5年前の事故現場近くで「飲酒運転しないで」と書かれた旗を掲げる小田島数幸さん(手前)や、永桶恵さんの同級生たち=2020年6月6日、北海道砂川市

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 もうすぐ、子どもが生まれるよ――。5年前、無謀な運転による事故に巻き込まれ一家5人が死傷した北海道砂川市の現場には、亡くなった高校3年生の同級生たちが今年も集まった。22歳になり、就職し、新しい家族ができた同級生もいる。変わらないのは、現場で咲き続ける思い出の赤いカーネーションと、悲惨な事故をなくしたいという願いだ。

同級生と元担任 「約束の日」に集う

 多くの車が行き交う砂川市の国道12号。6月6日の夕方、歩道脇の金属パイプにくくりつけられた赤いカーネーションの鉢植えの前で、砂川高校のかつての同級生12人と元担任の小田島数幸さん(59)が集まった。6月の第1土曜日を「約束の日」と決めている。カーネーションの前で手を合わせ、永桶(ながおけ)恵さん(当時17)を悼んだ。

 事故で長女の恵さんら一家4人が犠牲になった。12歳だった次女は重傷を負った。

砂川一家5人死傷事故
 2015年6月6日午後10時35分ごろ、砂川市の国道12号で、飲酒後に飲み直しに行くため、谷越隆司(32)、古味竜一(31)の両受刑者がそれぞれ車を速度を競い合うように運転。赤信号を無視して時速100キロ超で交差点に入り、谷越受刑者の車が歌志内市の永桶弘一さん(当時44)一家が乗る車に衝突した。車から投げ出された長男(当時16)は古味受刑者の車に約1・4キロ引きずられた。両受刑者は4人を死亡させ、1人に重傷を負わせたとして危険運転致死傷などの罪に問われ、札幌地裁で懲役23年の判決を受けた後、刑が確定した。遺族が両受刑者に損害賠償を求めた訴訟は昨年8月、遺族側の主張を認める判決が確定した。

 「何かの間違いであってほしい。家族のほとんどが亡くなる事故なんて信じられない」

 恵さんの1、2年生時の担任だった小田島さんは翌日に事故の知らせを聞いたとき、言葉にできない感情を覚えた。

 恵さんはまじめで優しい生徒だった。グループに分かれて行動しがちなクラスの中で、男女含めて分け隔てなく仲良くしていた。ときには仲たがいしたクラスメートの双方に声をかけ、間を取り持った。小田島さんは担任として「恵さんがいてくれて助けられることが多かった」。

 事故から数週間後、小田島さんは恵さんのために、事故現場に赤いカーネーションを供えた。恵さんが2年生のとき、クラスメートとともに教室内で育てた花だ。気づいた人が花に水をやり、気に掛ける。そんな自主性を育んでほしいと、小田島さんが教室に持ち込んだ思い出の花だった。

拡大する写真・図版5年前の事故現場近くに供えられた赤いカーネーション=2020年6月6日、北海道砂川市

 恵さんがクラスのみんなのことを思い出せるようにと思いを込め、「恵へ、教室のと同じ色のカーネーションだよ」と手書きのメッセージを鉢植えに添えた。

 恵さんが3年生だった事故当時、小田島さんは、転勤で北海道東部の高校に単身赴任していた。金曜の夜になると自宅のある砂川まで車で2時間ほどかけて帰った。そのときは自宅より先に現場を訪れて水をあげた。

 雪深い冬場には、鉢植えを自宅に持ち帰り大切に世話した。枯れてしまっても同じ赤いカーネーションを植え直し、毎年5月ごろになると再び事故現場に供えた。

 事故から2年後の2017年、砂川高校に戻り、この春には校長になった。事故をなくすために大切なのは「他の人を思いやる想像力を持つこと」だと感じている。

 もうすぐ車を運転するようになる高校生に、事故の悲惨さを伝えたい。飲酒運転の撲滅をめざす福岡県のNPO法人の人を招いて講演してもらったり、生徒たちと一緒に現場の道路沿いで旗を振ってドライバーに交通安全を呼びかけたりしてきた。

 「事故のことをちゃんと伝え続けていくのが自分の仕事かなと思っています」。いまも時間をみつけては事故現場を訪れ、カーネーションに水をあげている。

拡大する写真・図版5年前の事故現場近くに供えられたカーネーションの前で手を合わせる原田玲於(れお)さん(手前)=2020年6月6日、北海道砂川市

誰もいない教室 断ち切られた日常

 高校1~3年生のとき、恵さん…

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