今年も雨のシーズンを迎えた。昨年の台風19号や一昨年の西日本豪雨など、日本列島では近年、豪雨による大きな被害が続いている。命を守るため、住む場所の危なさを普段から知っておき、いざというときに早めに行動することが大切だ。
避難とは「難」を「避」けること
「避難とは難を避けること」「安全な場所にいる人まで避難場所に行く必要はありません」
内閣府は今年、こんな呼びかけをしている。市町村が決めた場所だけが避難先ではないことや、マンションなどなら自宅にとどまる選択もあることを伝える狙いがある。
国は昨年、大雨の警戒レベルを導入。わかりにくかった情報をレベル1~5に整理し、移動に時間がかかる高齢者らは「3」、それ以外は「4」を避難開始のタイミングとした。市町村が避難勧告を出すと「4」になる。さらに避難指示(緊急)が出ることもあるが、勧告の段階で避難を始めるのが基本だ。
とはいえ、同じ市町村内でも危険度には違いがある。崖から遠く、浸水しにくいような場所の人まで避難することはない。そこで今年、内閣府は「危険な場所から」の避難を強調している。さらに、避難行動を考えるための「避難行動判定フロー」を市町村を通じて配ることにした。
自宅がどんな場所に建っているのか、避難に時間がかかる高齢者らがいるかどうかで変わる行動が流れ図で示されている。「洪水や土砂災害からの避難では、場所や状況によって適切な行動が多様。平時から考えておくことが重要になる」と静岡大の牛山素行教授(災害情報学)はいう。
第一歩は、ハザードマップなどで自宅が危ない場所かどうかを確認することだ。がけ崩れや土石流が心配な「土砂災害警戒区域」や、激しい水流で家が流される恐れがある「家屋倒壊等氾濫想定区域」なら、安全な別の場所へ避難する必要がある。
ハザードマップポータルサイトと「重ねるハザードマップ」
ハザードマップは、自治体のウェブサイトのほか、国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」から見ることができる。ポータルサイトにある「重ねるハザードマップ」は、様々な災害の情報を自由に重ね、拡大・縮小できる。
一方、想定される浸水深が床下や、2階建て以上の建物の1階までにとどまるならば、食料を備蓄したうえで自宅でしのげるかもしれない。安全な親戚・知人宅やホテルに滞在することも避難になる。
もっとも、中小河川の洪水のようにハザードマップが網羅できていないものもある。浸水や土砂災害の色が塗られていなくても、川沿いの低い場所や崖の近くは要注意だ。
風雨が強まってから外に出るのは危険を伴う。大雨が迫ったら、警報などの警戒レベルに相当する情報、気象庁の「危険度分布」や川の水位など周りの状況に目配りし、早めの避難を心がけたい。
大きな川は、上流の大雨で遅れて水位が上がる可能性も頭に入れておきたい。中小河川は一気に増水する。大河川への流れが滞ることで思わぬ浸水を招く例もある。
今年は新型コロナウイルスの対策も求められ、事前の検討や避難先の分散は一層重みを増している。ぎりぎりで避難する人が多いと、同じ場所に人が集中しかねない。
岐阜大の小山真紀准教授(地域防災学)は「これまでより早い段階で行動を起こすことも必要になる。支援が必要な人は、避難しなくていい場所にあらかじめ移っておくことも考えられる」と話す。
避難生活でなく、一時的に難を避けるだけなら避難先の選択肢は広がる。感染を恐れるあまり、避難をためらうことがないようにしたい。
地域の特徴を知り、早めに動く大切さ 台風19号から見えた教訓
昨年の台風19号でも、あらかじめ避難先や避難のタイミングを考え、早めに行動したことで助かった人たちがいた。
昨年10月の台風19号で千曲川の堤防が決壊した長野市長沼地区。川と川に挟まれた低い土地で、繰り返し水害に見舞われてきた。地区は今回も水につかったが、多くの住民は早めに避難できた。
「備えていたおかげで、冷静に判断できた住民が多かった」。住民自治協議会の元会長、柳見沢宏さん(68)は振り返る。地区が避難の基準にするため全戸に配っているのは、川の水位や水位の上昇ペースなどから独自に判断する「避難ルールブック」だ。
昨年10月12日には、市が避難勧告を出す1時間半前の午後4時半に地区独自の対策本部を立ち上げ、避難所となる学校の体育館の鍵を開けてくれるよう教育委員会に掛け合った。午後5時過ぎには民生委員が中心になり、高齢者らに避難を呼びかけ始めた。
午後9時半過ぎに水位が6メートルを超えたと分かると、住民に強く避難を呼びかけた。ルールブックでは7メートルが目安だったが、夜遅くにならないよう早めに動いた。市が「避難指示(緊急)」を出したのは午後11時40分。その後、川の水は堤防を越えて決壊した。
ただ、水位を見て「これくらいなら大丈夫」と家に戻り、動けなくなってヘリコプターで救助された人がいたほか、避難しきれずに2人が亡くなった。柳見沢さんは「住民の危機感に温度差がある。上流の雨も考慮しなければならず、自己判断するのは限界があることを伝えないといけない」と話す。
阿武隈川の支流が氾濫(はんらん)した宮城県丸森町の五福谷地区も、過去の教訓から独自にルールを決めていた。川が増水したらまず集会所に、そこも危険になれば30~40メートル先にある高台の民家に避難する。
地区の住民はこの日、午後6時ごろに集会所に集まったが、雨の勢いは衰えず、水位はどんどん上昇。集会所の手前まで水が来そうになったため、午後8時、十数人で高台まで再避難し、家2軒に分かれて泊めてもらった。民生委員の佐久間新平さん(71)は「地区の行事では必ず防災の話をし、高台の人に以前からお願いしていた。高齢者が多いので、近くに避難できてよかった」と話す。
両地区を調査した新潟大の田村圭子教授(危機管理)は「起こりうる災害を想定し、備えていたおかげ。長沼地区は、複数の情報を検討して避難を呼びかけ、住民の行動に結びついた。五福谷地区は水位の上昇が速かったが、異常を察知して判断できた」と解説する。
避難できず自宅1階で亡くなったり、避難中に流されたりする人は各地で目立った。地域の特徴を知り、早めに動く大切さが改めて浮かぶ。
東京大の田中淳特任教授(災害情報論)は「避難できたとはいえ、結果オーライだった地域も少なくない。災害は急激に状況が変化する。地域をよく知る専門家を住民と結びつけるような仕組みが必要だ」と課題をあげた。(藤波優、編集委員・佐々木英輔)