拡大する写真・図版「ドゥ・ザ・ライト・シング」(C)1989 Universal Studios. All Rights Reserved.

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 悲劇がまた、繰り返された。米国で黒人男性が白人警官に首を押さえつけられて死亡した事件をきっかけに、人種差別の根深さが浮き彫りになった。こんなニュースを聞くたび、思い出さずにはいられない映画がある。スパイク・リー監督の「ドゥ・ザ・ライト・シング」だ。

 映画は、ニューヨーク・ブルックリンのアフリカ系アメリカ人が多く暮らす街角で起きた、ある暑い夏の一日の出来事を描く。地域で長年ピザ店を営むイタリア系店主とアフリカ系アメリカ人男性の言い争いが、白人警官による男性殺害という悲劇に発展し、ピザ店に対する暴動へとつながっていく。

 当時実際に起きた人種をめぐる複数の事件が出発点となった。人種間の差別や対立が主題ではあるが、描かれるのは様々な人間模様だ。カラフルな色彩とパブリック・エネミーの曲「ファイト・ザ・パワー」のリズムで一気に画面に引き込まれる。韓国系、プエルトリコ系も登場し、それぞれ不満や偏見を抱きながらも、折り合いをつけて暮らしている。怒りにあふれる本音のやりとりはときにコミカルで、心温まる場面もある。

暴力 vs 非暴力 複雑な二項対立

 印象的なシーンがある。右手に「LOVE」、左手に「HATE」の大きなリングをつけた男性がファイティングポーズをとりながら語りかける。「愛と憎しみ。右手と左手はいつも闘っている。面倒ばかり起こす左手。右手は一瞬負けたように見える。だが右手は勢いを取り戻し、愛が憎しみに勝つ」。チャールズ・ロートン監督の「狩人の夜」(1955年)のオマージュだ。けれど映画は、これとは違った方向に進んでいく。

 積み重ねてきた人間関係は警官の暴力によって爆発し、一気に崩れていく。その時、リー自身が演じる主人公がとった行動が忘れられない。仲間の死を目の当たりにし、勤務先のピザ店にゴミ箱を投げつけ、暴動の引き金をひく。過激で悲観的な場面は物議を醸した。殺された仲間の復讐(ふくしゅう)なのか。だが、群衆の怒りの矛先を店主から店に変えることでイタリア系家族の命を救おうとしたようにも思える。

 最後に掲げられるのは、暴力に対する二つの考え方だ。「人種差別に暴力で闘うのは愚かなことである」というキング牧師と「自己防衛のための暴力は暴力ではなく知性と呼ぶべきである」というマルコムX。一見対照的だが、2人が肩を並べ笑い合う写真で映画は幕を閉じる。

「正しいこと」とは何か 問いかける

 タイトルでもある「正しいこと」とは何なのか。映画は簡単には答えを教えてくれない。対比される、黒人と白人、非暴力と暴力、LOVEとHATEという二項対立を超えた先にあるものとは――。「目を覚ませ!」と叫びながら、観(み)ているこちら側に問いかけてくる。

拡大する写真・図版「ドゥ・ザ・ライト・シング」(C)1989 Universal Studios. All Rights Reserved.

 私自身、米南部の大学に留学中…

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