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 大リーグ、レッズに移籍、今季からメジャーリーガーの仲間入りをする秋山翔吾が、新型コロナウイルス禍の球児たちへ、自身の経験を交えながらエールをおくった。

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 何が何でもプロになりたかった。だからこそ誰よりも練習をしないとプロにはなれないと思いました。個人練習の習慣がついたのは高校時代。横浜創学館は全体練習が長くなかったので、自分に充てる時間が必然と多くなりました。

 (父が亡くなっていて)一人親だったので、学校は自宅から通えるところを選びました。できるだけ母親にはお金の負担をかけたくなかったからです。朝は校庭でティーを打ち、練習後は薄暗いグラウンドでバットを振り、トレーニングをしました。

 甲子園とは無縁で、強豪校のレベルがどんなものなのかは分からなかったけど誰にも負けたくないという思いはずっとありました。そのために何をすればいいのか。僕には「練習」という答えしかなかった。それは大学に入っても同じ。寮の消灯時間までバットを振っていました。

 プロになれたから、それが正解だったということではないです。たとえ一般企業に勤めていても、「あの時、練習だけはずっと続けていたな」と思い返すこともあると思う。結びつけるのは強引でもいい。僕の場合は「練習」でした。何かをやり通したことが積み重なり、自分に力をくれる瞬間があるはずです。

 プロに入っても、スタンスは変わっていません。打てなかった時に自分に言い訳をつくりたくなかったし、疲労や気分転換を理由に練習しないで結果が出た時にもやもやするのも嫌だった。だから自分を納得させるために練習したこともあります。そうやって奮い立たせてきました。その結果、2015年のシーズン最多安打記録更新や、その後のタイトルもついてきたのかもしれません。

 球児のみなさんは選手権大会がなくなり、例えようのない喪失感だと思います。僕も大リーグがこのまま開幕しなければ、3年生と近い感情になるのかもしれません。それでも比較にはならないでしょう。

 独自の大会があるなら、区切りをつけるためにも全力を尽くしてほしいです。「一つ勝つ」「ベスト8」「優勝」など、チームによって目標は違うでしょうが、ぜひ自分たちが3年間やってきたものをぶつける大会にしてほしい。

 甲子園を目指せるレベルだった強豪校、特にこれまで甲子園に出たことがあってあの独特な空気を知ってしまった球児の気持ちを、甲子園未経験の僕が語るのは難しいです。ただ、その都道府県でトップになるというモチベーションは失う必要がない。甲子園さえあれば行けたね、と言われるチームになればいい。

 こういう状況で厳しいことを言っているかもしれないけど、思わぬトラブル、苦しい状況になった時、いち早く立ち直れるかどうかというのは、技術以上に大事な時もあると思います。立ち直るスピードがある子の方が、次の目標にかける時間は長くできる。そういうところで、例えば野球ならスカウトの目に留まることもあるかもしれません。

 だからこそ、できるだけ早く次のステップへの目標を立てて、準備をしてほしい。そう願っています。(構成・大坂尚子)

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 あきやま・しょうご 1988年生まれ、神奈川県横須賀市出身。横浜創学館高から八戸大(現・八戸学院大)を経て、2010年秋のドラフト3位で西武入団。5年目に216安打でシーズン最多安打を更新。今年から大リーグ・レッズへ。