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 太平洋戦争末期、米軍機による空襲で1千人以上が犠牲となった「福岡大空襲」から19日で75年。当時、犠牲者の遺体が埋葬された福岡市の円応寺(えんのうじ)では、今年も慰霊祭が開かれる。新型コロナウイルスの感染拡大で戦争の追悼行事の中止や縮小が相次ぐ中、地域の戦災の記憶を語り継ぐ取り組みが続く。

 福岡大空襲は1945年6月19日深夜に始まった。円応寺がある福岡市の簀子(すのこ)地区は、天神の北西に位置する海沿いの地区で、大量の焼夷(しょうい)弾が投下された。

 住職の三木和信さん(81)は当時6歳。空襲警報が鳴り、数百メートル離れた大濠公園に逃げようとした。赤や黄色の閃光(せんこう)を放つアイスキャンディーのような形の焼夷弾が「ヒューシュルルー」と音を立てて降り注いでいた。周囲を火に囲まれ、母とともに近くの小学校の防空壕(ごう)に逃げ込んだ。

 梅雨の時期で、壕の中は腰ぐら…

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