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 大雪像はなく、中小の雪像などで手作り感のあるイベントに――。来年のさっぽろ雪まつりは、新型コロナウイルスの影響で縮小に追い込まれ、70年前の原点回帰を余儀なくされた。大打撃を受けた観光業は回復の機会を失い、落胆が広がる。市民からは驚きや評価する声も上がった。

スポンサー苦境、海外渡航難しく

 「雪まつりは迫力ある大雪像が最大の魅力。それができないのは残念ではあるが、中小の雪像を中心に原点に立ち返った魅力づくりをしたい」

 さっぽろ雪まつり実行委員会の今井啓二事務局長は16日の会見でこう述べた。

 国内外の有名な建物や映画のキャラクターなどを再現した高さ10メートル超の大雪像は、雪まつりの名物だ。それぞれの雪像には、民間企業のスポンサーがついている。海外を含む現地に建築物を見に行ったり、関係機関とデザインなどを協議したりもする。前年の5~6月ごろから準備に取りかかる必要があるという。

拡大する写真・図版昨年の雪まつりでは、マスク着用の見学者が多く訪れた

 しかし、新型コロナの影響で、景気が急速に悪化し、スポンサーも苦境にある。また、渡航制限があるため、海外に出かけたり、協議をしたりすることは難しい。こうした点を踏まえ、大雪像を断念せざるを得なかったという。

 決議は書面で行い、実行委員会のメンバー83人全員からの賛成を得て決定したという。開催期間や会場など、詳細は今後検討していくとしている。

 実行委の決定を受け、札幌市の秋元克広市長は「市民や道民、国内客にどう楽しんでもらえるかの検討を進めていきたい」と話した。

 また実行委は、今年9月11日~10月3日に大通公園で開催を予定していた食の祭典「さっぽろオータムフェスト」について、従来通りの開催は難しいと発表した。オンライン開催なども含めた代替イベントを検討することを明らかにした。

市民グループ「こちらがメイン、責任重大」

 第1回さっぽろ雪まつりは1950(昭和25)年、地元の中学・高校生が雪像を6基、大通公園に設置したのが始まりだ。55年から自衛隊が参加、大規模な雪像づくりに取り組んだ。

 テレビや新聞で紹介された60年ごろから全国に知られるようになり、72年に冬季五輪が札幌で開催されると世界にその名が広がった。2019年の第70回には、3会場になった1993年以降で最多の273万7千人が訪れた。

拡大する写真・図版1972年の雪まつりの様子。1週間後に迫った札幌冬季五輪ムードをたっぷり盛り込み、真駒内会場では雪の柱が並ぶパルテノン神殿前にある雪の聖火台と「古代の情熱札幌に燃ゆ」の雪像のトーチへの点火で開会式が行われた=1972年1月27日、札幌市南区の陸上自衛隊真駒内駐屯地、朝日新聞社撮影

 元自衛隊員で、72年から半世紀近く大雪像の制作を手がけた森岡孝友さん(67)は「まつり自体がなくなるのなら仕方がないと思えるけれど、大雪像だけがなくなるのはかえってさみしい」とこぼす。大雪像の制作にあたる隊員は今、退職などで引退する人が多く人員が入れ替わる時期だという。「うまくいけば、問題点を洗い出す良い休憩時間になる。制作隊をどう維持するか、考えることが大事だ」と話す。

拡大する写真・図版さっぽろ雪まつりの歩み

 一方で、大雪像制作の技術を持つ自衛隊への依存が続くことや、まつりが市民の手から離れてきたとの批判的な見方も根強い。

 市民ぐるみで祭りを育てようと…

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