拡大する写真・図版路上でマスクなどの衛生用品を売る男性。車通りも増えた=2020年6月8日午後1時55分、米ニューヨーク、藤原学思撮影

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 ニューヨークに、元の音が戻ってきた。

 イエローキャブのクラクション、地下鉄のホームに立つミュージシャンのギター、道路工事作業員のドリル、路上にたまる人たちの話し声。いずれも、しばらく消えていた。

 新型コロナウイルスで大きな打撃を受けたニューヨーク市は6月8日、経済活動の再開が始まり、「新しい日常」へと一歩を踏み出した。再開したのは、建設業や製造業といった、州当局が「感染リスクの低い」と判断した業種に限られている。ブロードウェーに並ぶ劇場の明かりは暗く、レストランやバーは店内での飲食が禁じられ、学校に子どもたちの姿はない。それはまだ、変わらない。

 2万人以上の市民の命が失われてなお、終息は遠い。それでも、あふれんばかりにみなぎっていたこの街の活気が、ほんの少し、確かに戻ってきた。市内で初めてウイルス感染者が確認された3月1日からちょうど、100日目のことだった。

みんなニューヨークを去った

 ニューヨーカーにとって、ウイルスとの闘いは「鬼がだれかわからない鬼ごっこ」のようなものだった。逃げなくてはいけないのに、どこにウイルスが潜んでいるのかわからない。

拡大する写真・図版抗議デモの参加者に無償でマスクを配るボランティアの男性=2020年6月8日午後5時27分、米ニューヨーク、藤原学思撮影

 だから、だれも入って来ない自宅にいつづけるか、遠くへと離れるしか、防ぐ手立てはなかった。コロナ禍以前、僕のマンションの同じ階には5世帯が暮らしていた。ただ、僕以外の4世帯は、いずれもニューヨークを去った。そのうち2世帯は、もう戻ってこないという。

 防備をして出かけるのは、すっかり日常に組み込まれた。口元を覆い、携帯用の除菌剤をかばんに入れる。自宅のそばでは、マスクやゴム手袋が露店で売られていた。この日、市内で確認された新規感染者は363人。2カ月前のピーク時は1日で6375人いた。そのときを知っているからか、あるいは自制に疲れたからか、外に出るだけで体がこわばるような緊張感はなくなった。

 地下鉄の入り口に着くと、警察官がマスクを配っていた。マスクは乗車の際の条件となり、この日から配布されるようになった。1枚もらい、胸ポケットにしまった。別の駅では、除菌剤も配っていた。

 車内はピカピカだ。5月6日以降、「眠らない街」の象徴だった地下鉄は未明の運行をやめ、24時間ごとに消毒している。地下鉄は、ウイルスが長時間生きのびることができるとされる金属やプラスチック、ガラスが使われていて、感染が広がった要因の一つと言われてきたからだ。

 乗客はまだ少なかった。市によると、6月8日の乗客は計80万人。1週間前と比べて21万人増えたが、前年比ではたった15%だ。日常は、劇的には戻らないと痛感する。 

 約2カ月ぶりに「五番街」も歩いた。世界の名だたるブランド店が並ぶこの通りもまだ、人も車も少ない。目に付くすべての店が閉まっている。ナイキの店舗前にいる警備員は「来週から開くみたいだよ」と言った。

拡大する写真・図版米ニューヨークの目抜き通り「五番街」はまだ、車も人の通りも少ないままだ=2020年6月8日午後2時52分、藤原学思撮影

 ただ、小さな変化があった。コーチやタグホイヤーが入る高層ビルで、工事が再開されていた。交通整理をする女性に「きょうからですか?」と聞くと、「そうです」と笑った。僕は「おめでとうございます」と返して、親指を立てた。

 他の日本メディアの記者2人とも、約3カ月ぶりに出会った。「いやあ、やっとですねえ」。いずれも笑顔。街の様子が大きく変わることはなくても、多くの人がやはり、この日を待ち望んでいたのだと知った。

■「ひとの命、尊敬しな…

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