拡大する写真・図版中村俊裕さんの自宅のバルコニーで。「朝はヤシの木々の向こうから太陽が昇り、光がさしてきます。その中でヨガをすることも」=インドネシア・バリ島、ドディク・カヘンドラ撮影

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 国連職員から飛び出して自らNPO(非営利組織)を立ち上げ、国際援助の世界に変革をもたらしつつある日本人がいます。NPO「コペルニク」の共同創設者兼CEOの中村俊裕(としひろ)さん(45)の拠点はインドネシアのバリ島。新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、オンライン取材で話を聞くことができました。

記事の後半では、中村さんのインタビューをお読みいただけます。

 たとえば、インドネシアの魚売り。朝、港で仕入れた魚を氷と一緒にバケツに入れて、バイクで行商に出るが、炎天下で魚はすぐに傷む。もしバイクの電源を使った冷蔵ボックスができたら、魚はもっと売れるのでは。冷却力はどれくらい必要か。バイクの後部にとりつけて背中は痛くないか。雨期のスコールに対応するには、雨水が流れ落ちやすい形がいいのでは。

 あるいは、農家。穀物を干しても雨でぬれたり、動物に食べられたりしてしまう。透明な素材で乾燥ハウスを作れば、太陽光や熱を利用し、穀物も守れるはず。その場合の乾燥速度は。穀物の質はどの程度良くなるのか。

 バリ島を拠点に2009年、NPO「コペルニク」を創設。60人のスタッフを率い、いつもこんなことを考えている。

シンプルなテクノロジー

 途上国でシンプルなテクノロジーや斬新なアイデアを使った製品や手法を普及させ、貧困の解決をめざす。地元住民や政府、国際機関、ベンチャーから大企業まで垣根を越えて知恵を集める。テストをしてデータを取り、効果を検証する「実証実験」に活動の特色がある。

 最近では新型コロナウイルス対策の緊急支援に力を入れた。せっけんや消毒剤を配っていたが「消毒剤そのものがなくなって。ならば作ろう、と」。ヤシの樹液などから作る地酒の工場に目をつけた。コロナ禍で操業が止まっていたが、手指用のアルコール消毒液を作ってもらい、雇用も維持できた。1万リットル以上を市場で無料配布した。

 高校生のころから国連をめざし、国連開発計画(UNDP)に入る。東ティモールなど途上国に赴任。憧れの仕事は面白く、やりがいがあった。

 だが違和感が残る場面もあった。シエラレオネでは近所に貧しい女性が住んでいた。自分が政府高官と交わす政策論議の成果はこの女性に届くのか。巨大組織はどうしても非効率で、革新的な変化は起きにくい……。

キャリアより変革を

 ニューヨークの本部に転勤し順調にキャリアを積む一方で違和感は消えない。援助をとりまく環境も変化が加速していた。最新技術を使った製品を作るベンチャー企業も次々に誕生。たとえば太陽光を利用したライトにストローで飲める浄水器。これを現場に届けられないか。大企業も途上国の低所得者層へのビジネスに関心を向けていた。

 「自分が地殻変動のエピセンター(震央)にいる。ボトムアップで現場から革新を起こしたい」。NPOの名前は、共に起業した妻エヴァさんが生まれたポーランドの出身で地動説を唱えた天文学者コペルニクスからとった。「援助の世界観を変える」という思いを込めて。(編集委員・秋山訓子)

拡大する写真・図版コペルニクのオフィス入り口で。オフィスの中では、環境の観点から使い捨てプラスチックは使用禁止だ=インドネシア・バリ島、ドディク・カヘンドラ撮影

ここからは中村さんのインタビューの一問一答です。憧れだった国連を飛び出してまで、NPOで新しい取り組みに挑もうとした狙いは何だったのでしょう。

 ――10代の頃から国連めざして一直線だったとか。

 緒方貞子さんや明石康さんに憧…

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