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 日本で事件や事故を起こした米軍関係者について、米側が「裁判終了まで拘禁する」という「密約」を記した米国の公文書が複数見つかった。6月23日に発効60年となる日米地位協定では「起訴まで」とされている。日本政府や在日米軍司令部は密約を認めないが、説明にあいまいさが残る。(編集委員・藤田直央

1960年代の米公文書5点に

拡大する写真・図版1965年の米台地位協定交渉に関する米公文書の一部。米側が「日本の(米軍関係者に対する)拘禁を大きく制限する密約(classified understanding)がある」と記されている=日大の信夫隆司教授提供

 問題の米公文書は、日本大学の信夫(しのぶ)隆司教授(日米関係史)が昨年、米国立公文書館で発見した。米国が中国と国交を結ぶ前の1965年に台湾の駐留米軍に関する地位協定を作る交渉があり、その関連文書5点に日米の密約への言及があった。

 交渉記録によると、台湾に刑事裁判権がある米軍関係者の拘禁について米側が「裁判終了まで」と提案。台湾側は「起訴まで」とされていた日米地位協定(60年発効)を持ち出して反発した。そこで米側が「密約で日本側の拘禁はかなり制限され、その運用と同じ内容を提案した」と説明した。

 報告書「極東での地位協定交渉」には、米軍関係者の米国による拘禁について「日本では裁判終了までという運用を台湾に伝えた。この運用は日本との密約による」と記されていた。

 また、米空軍が米台地位協定の交渉を有利に運ぶためとして、当時、在日米軍司令部があった東京・府中の第5空軍に日本での運用実態を確認。第5空軍が「日本は全ての事件で、裁判が終わるまで拘禁(された米軍関係者)を米国に渡してきた」と回答したやり取りの文書もあった。

 「台湾との地位協定交渉―拘禁」という文書には「日本との密約は合同委員会の裁判権小委員会でできた。日本代表は『日本の当局が犯人を拘禁する場合は多くないだろう』と述べた」と書かれていた。

地位協定通りの運用も

 外国軍関係者が駐留先の国で刑事事件を起こし、駐留先の国が裁判権を行使する場合、拘禁が必要な容疑者(起訴後は被告)の身柄の扱いは機微な問題だ。外国軍は自国民の人権を守るため、駐留先の国は捜査や裁判を円滑に進めるため、それぞれ容疑者の身柄確保にこだわるからだ。

 日米地位協定は、米軍関係者による公務外の犯罪で日本側が刑事裁判権を行使する場合でも、容疑者が米軍基地にいる場合は米軍が拘禁し、起訴時の日本側への引き渡しで「援助しなければならない」としている。

 実際、沖縄では72年の日本復帰直後に起きた殺人事件や95年の少女暴行事件、最近では今年5月の強盗事件で、米兵の起訴日に身柄が引き渡されている。

 ただ、容疑者が米軍基地へ逃げ込むと日本の警察が逮捕できない地位協定への不満は根強い。このため95年の少女暴行事件を機に同年、殺人や性的暴行という凶悪な犯罪については起訴前でも日本側が身柄引き渡しを求めれば米側が「好意的な配慮を払う」と日米で合意。外務省によると日本側はこれまで6件で要請し5件で実現した。

日本側否定、米側説明ちぐはぐ

 外務省や法務省は取材に対し「密約」を否定する。法務省の担当者は「起訴後に勾留を要する米軍関係者は起訴直後に引き渡されている」と説明。そこで、日米地位協定通り運用されてきたのかを統計で確認するため、年ごとの米軍関係者の起訴時の身柄引き渡し件数を問い合わせた。

 だが、法務省の担当者は「統計などで網羅的に把握はしていない」として示さず、「もし米側が密約と考えるものがあれば日本側と対立し問題になっただろうが、そうした例は記録にない」と話すにとどめた。

 一方、米側で地位協定の運用を担う在日米軍司令部は取材に対し「日本政府は日米の主権のバランスを慎重に反映した合意に厳格に従い個々のケースで主権を行使している」と述べた。また、「密約とは、合意当時に伏せられ後に公開された『刑事裁判権に関する合意』のことでは」とも回答。その公開文書には地位協定の運用に関するこれまでの日米合意が列記されているが、今回の「密約」にあたる内容はなく、説明がちぐはぐだ。

 実際には起訴時の身柄引き渡しに日本側の要請が必要になることから、信夫教授は「要請せず結果的に密約を実現しているケースがあるのでは。身柄を手放さないのが米側の基本姿勢だからだ」と指摘する。

 法務省は「在宅起訴ではなく勾留が必要であれば要請するということに過ぎない」とするが、信夫教授は「それなら件数を示せないのは不可解だ。地位協定通りの運用は国民が注目する凶悪事件の際だけではと思われかねない」と語る。

 同種の犯罪で起訴件数に占める在宅起訴の割合が、被告が米軍関係者の場合と日本人の場合で大きな差がなければ、在宅起訴を米軍関係者には柔軟に適用して「密約を実現」しているとは考えにくくなる。

 だが、朝日新聞記者が法務省に対し、米軍関係者と日本人それぞれの在宅起訴の件数や割合がわかる文書の開示を情報公開で求めると、6月に「保有していない」と回答。やはり統計での確認ができなかった。

日米地位協定の米軍関係者「拘禁」に関する規定(17条5)

a 日本国の当局及び合衆国の軍当局は、日本国の領域内における合衆国軍隊の構成員もしくは軍属または家族(について)裁判権を行使すべき当局への引き渡しについて、相互に援助しなければならない。

c 日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員または軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行うものとする。