[PR]

 新型コロナウイルス対策で出されていた都道府県をまたぐ移動の自粛要請は解除されたが、「感染者ゼロ」の岩手県内では一部の飲食店に「県外者お断り」の貼り紙が残る。一方、「県内在住者です」とのステッカーを貼った県外ナンバー車も見かける。「県外」と「県内」を区別する意味や問題点を探った。

 20日午後、奥州市内のショッピングモールの駐車場では「他県ナンバーですが岩手県在住者です」などと書かれたステッカーを掲示した車を6台見かけた。

 4台は隣の金ケ崎町が「嫌がらせを受けないように」と企業や地元住民に無料配布したステッカー、残り2台は手作りのステッカーだった。宮城、習志野、沼津ナンバーの運転手らは転居後1年以上経たが登録変更せずに「時間が経ってしまった」という人たち。別の宮城ナンバーの運転手は「県内に通勤している」という県外在住者だった。

     ◇ 

 他県ナンバーの車があおられたり傷つけられたりするというニュースが全国的に流れたのは4月。トヨタ自動車の関連企業など20社以上が集中する金ケ崎町は、他県ナンバーの運転者用に「岩手県在住者です 金ケ崎町」というステッカーを作り、5月中旬から企業に約830セット、個人に80セット配った。

 町内の飲食業者らから「県外ナンバーの常連客が来店しにくくなっている。車で買い物にも出られないと困っている」と、対策を求める要望が相次ぎ、「困っている地元民や誘致企業の人たちを放置できなかった」と町の担当者は言う。

 そもそも道路運送車両法では転居時などには15日以内に登録ナンバーを変更しなければならず、「罰金50万円以下」という罰則もある。地元の警察署から「役所が違法を助長することにならないように」と釘を刺され、登録変更を促すチラシを急きょ準備、ステッカーと一緒に配った。

 しかし、配布にあたっては住所、氏名は自己申告。プライバシーの問題もあって住民票や運転免許証で確認したわけではなかった。

 盛岡市内のデザイナーも同様のステッカーを作ったが、希望者には事務所に来てもらい、運転免許証か郵便物で住所を確認し、七十数枚を無料配布した。

 契機は「県外ナンバーの車を見ると不安になる」との友人の言葉。「県外者はリスクが高い」との思いが自分にもある一方、「窓ガラスを割られた」などの話を聞き、胸が痛んだ。「互いに嫌な思いをしないように」との考えだった。

     ◇

 「他の客が怖がるから」などの理由で県外者の利用を断る飲食店や温泉宿は少なくなかった。理由として「県の指導」をあげた店もあったが、県環境生活部の担当者は「行政が県外者の一律排除を指導することは旅館業法違反にもなりかねずあり得ない。業界への自粛要請が誤解されたのではないか」と戸惑う。

 地域社会での差別を恐れ、「うちの家族から感染が広がればここにいられなくなると義母に言われた」と話す沿岸の住民もいる。

 ウイルスは県境で立ち止まらない。「県内在住者です」という表示は「私は感染者ではありません」との趣旨を含むが、感染しても無症状の場合があり、誰もが感染者の可能性がある。

 「県内・県外の表示で排除されるのが、自分が愛する人だったら?」。精神科医の香山リカさんはそうした想像力や違和感を大切に、と呼びかける。感染リスクを少しでも避け、互いの不安を和らげたいとの気持ちはわかるとした上で、「善意」や「正義」が差別になった例としてハンセン病の歴史をあげる。「無らい県運動」の名で官民一体で患者を収容し、社会からの排除は戦後も続いた。

 「県外の人かどうか調べ可視化するのはプライバシーを暴くことでもある。『命が最優先』『非常時』という正しさの前に、私たちは安易に受け入れてはいないか」と香山さんは指摘する。科学的にも法的にも根拠の薄い区別が、差別につながらないよう肝に銘じたい。(本田雅和)