「これ以上悲しい思いない」森保監督変えたドーハの悲劇

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吉田純哉
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 記憶から消し去りたいとまで思った。だからなのか、森保一(はじめ)はあの日のことはあまり覚えていない。1993年10月28日、カタール・ドーハであったサッカーワールドカップ(W杯)米国大会アジア最終予選のイラク戦のことだ。

ピッチでは最年少の25歳

 ただ、スローモーションで脳に刻まれている場面が一つある。後半の追加時間、自陣左からのCKだ。センタリングが頭上を越えていき、ヘディングシュートを決められた。2―2の同点に追いつかれた。

 勝てば日本のW杯初出場が決まった最終戦で、夢は一瞬で砕け散った。

 「ドーハの悲劇」と呼ばれる決戦に、森保はフル出場していた。当時25歳、ピッチに立った中で最年少だった。現在率いる日本代表のチーム作りには、監督の人生が映し出される。今でも語り継がれる日本サッカー界の転換点は、どのように血肉となっているのか。

「これ以上に悲しい思いをすることはない」

 「これ以上にサッカーで悲しい思いをすることはないだろう」。27年を経てもそう感じている。現役時代、試合の映像を入念にチェックするタイプだったが、この一戦は悔しさも相まって見返すことができなかったという。「もう見ることはない」とまで言い切る。

 最後の場面に限ると、ニュース映像で何度も目にした。ショートコーナーで不意を突かれ、ボール保持者を真っ先にマークする定石が崩れていた。駆けよった三浦知がかわされた後、森保は相手の一番近くにいながらも、すぐに重圧をかけられなかった。「杭を打たれているようで、足が動かなかった」

 試合後、ピッチに座り込んで…

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