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 ごめんなすって。清水次郎長と申します。生まれは文政3(1820)年。今年は生誕200年ということで、地元の皆さん方が色々と祝い事をしてくれると聞きやした。偉人扱いしてくれる話もあるんだそうで、もってぇねえことです。若い頃は道を外れてご迷惑をおかけした身。恐縮しながら、ことの成り行きを見守らせて頂きやす。

 次郎長は今の静岡市清水区で生まれた。若い頃は俠客(きょうかく)として鳴らし、後に社会事業に尽力した。型破りな人生は浪曲、講談、小説となり、演劇や映像の世界で義理と人情に厚いヒーロー像が作り上げられた。「次郎長」が主人公の映画だけでも150本以上あるといわれる。

 「でも地域に貢献した後半生部分がほとんど描かれていません。それが不満でした」。研究サークル「次郎長翁(おう)を知る会」の山田倢(しょう)司会長(86)は訴える。

 49歳を境に次郎長はそれまでとは全く違う道を歩み始める。清水港の整備、茶の輸出、英語塾の開設などに力を入れ、港湾都市清水の基盤を作ったとされる。旧清水市職員だった山田さんは次郎長の足跡の大きさを肌身で感じ取っていた。

 「海道一の大親分」のままで終…

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