中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が香港への統制を強める国家安全法制の導入を決めた5月、私は「一国二制度は岐路に立った」と書いた。直後、記事を読んだという共産党関係者が私に告げた。
「進む道は一つだけだ。中国は香港との関係を転換する」
その狙いは、今月20日に発表された「香港国家安全維持法案」で明確になった。香港市民が外国勢力と結託し国家の安全を脅かしていると疑えば、中国は直接取り締まれる。罪を裁く裁判官は、中国が後ろ盾である香港政府行政長官が選ぶ。そんな内容だ。
香港の憲法にあたる「香港基本法」は「香港人が香港を統治する(港人治港)」との原則のもと、行政管理権や司法の独立を認めてきた。その精神に照らせば、まさに大転換だ。
もっとも、中国の公式説明はそこまで露骨ではない。「取り締まりの対象者はごく一部で、香港は何も変わらない。あくまで一国二制度をより良くするためだ」と繰り返す。香港では、破壊活動に発展した昨年の大規模デモを快く思わない人々が今回の法制を支持していることも事実だ。
新法には「香港の言論や報道、集会の自由は守る」ともあるが、すでに自由は狭まっている。聞こえの良い言葉が並ぶのは、国際金融センターとしての香港の重要性を意識してのことだろう。だが、資本主義経済を維持しつつ共産党の統治を強める行為は、矛盾をはらむように思えてならない。
今月8日、香港基本法30年を祝うシンポジウムで中国政府香港マカオ事務弁公室の張暁明副主任が演説した。訴えたのは、中国が香港の国家安全を担うことの正当性だった。
「1982年、鄧小平はサッチャー英首相との香港返還を巡る交渉で、主権が最優先だと断言した。87年には『中央はいくつかの権限を持つべきだ。香港が民主主義の拠点になれば、どうするのか』と語った。偉大な政治家の洞察力と先見性に感銘を受ける」
張氏の説明は、鄧が示したもう一つの方針が抜け落ちていた。
鄧は、返還後の香港の社会経済制度や生活様式は「50年間不変」と宣言した。中国の専権として基本法に明記したのは国防と外交だけだ。国家安全については基本法23条で「香港政府が法律を制定しなければならない」とはっきり定めている。
定着した陰謀論
それにしても、中国はなぜこれほど性急に事を進めるのだろうか。
「操ってるのは米国だ!」叫ぶ当局関係者
中国では香港デモの米国陰謀論が定着しています。「守り」の意識が原動力になっているからではーー記事後半で分析します。
昨年6月に香港のデモが急拡…
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