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 圓照寺(えんしょうじ、奈良市)は法華寺(同市)、中宮寺(奈良県斑鳩町)と並び、大和三門跡(もんぜき)に数えられる。皇族や公家の女性らが住職を務めてきた尼門跡寺院だ。2年前に門跡(住職)に就いた萩原道秀(どうしゅう)さんは毎日正午、新型コロナウイルスの終息を願って祈りを捧げている。その思いを聞いた。

 萩原門跡は東京都文京区出身。薩摩藩主・島津家の子孫だ。昭和天皇の五女で、上皇さまの妹の島津貴子さんは義理の叔母にあたる。華道山村御流の家元も務めている。

 陶芸家として活躍しながら、介護福祉士として障害者施設で働いてきた。4年前、いとこの北河原公敬(こうけい)・東大寺長老の紹介で圓照寺に入ることが決まった。2017年に得度し、18年に門跡に就いた。

 正午の祈りは4月1日から東大寺が始めた。神道やキリスト教、イスラム教など宗教の枠を超え、ともに祈ろうと呼びかけた。4月上旬、この取り組みを新聞で知った萩原門跡は、すぐに東大寺に電話した。「さっそく圓照寺でも正午の祈りを始めます」と告げた。

 そのときの気持ちについて「医療従事者でもなければ、僧侶がたくさんいるお寺の住職でもない。1人では無力だが、この危機のなか、何かの力になりたいと考えていた」と振り返る。

 僧侶としてできるのは祈ることだ。圓照寺の本尊の如意輪観音像は右手をほおにあて、様々な苦悩から、どうしたら人々を救うことができるか思案している姿といわれる。この如意輪観音像の前で、ただ1人すわって祈る。

 毎日、祈り続けていると「私が力をもらっている」と感じるようになった。「みんなが一緒に祈っているという安心感や一体感、連帯感が生まれる。人と人の絆、心と心が通じ合っていると思えた」と明かす。

 そんなとき、テレビのニュースで若者が「夜の街に飲みに行く。感染しても若いから重症化しない」と言っていた。人間の欲を考えた。「遊びたい、お酒を飲みたいと、だれにでも欲がある。でも、ウイルスを広めないため、五感を働かせ、欲を打ち消すことが大切だ」と思う。

 だが、外出自粛が長引けば、この若者のように欲を打ち消すことができず、行動がセーブできなくなる。結果的に感染を広め、誰かを傷つけるかもしれない。

 「新型コロナは体をむしばむ。人の心もむしばむ」という。「人の心が人の心を踏みにじり、心と心を通わせることができなくなる。それが新型コロナの怖いところ。人間としての人となりを正し、自分の心と向き合ってほしい」と呼びかける。

 人生の最期にも思いが及んだ。「志村けんさんも岡江久美子さんも家族は死に際に会えない。ありがとうとお別れの言葉もかけられない。突然、骨になって、骨つぼに納められる。本人の悔しさ、遺族の悲しみを、祈りを通して和らげられないか」と話す。

 科学が発達した現代、祈ることに意味があるのか疑問を抱く人も多い。「疫病がはやると古代の人たちは祈ってきた。その『鎮(しず)もりの心』は日本人の心に今も残っている」という。

 東日本大震災後、被災地の中にはいち早く祭りを再開させ、地域の人たちの復興への原動力になったところもある。お神輿(みこし)も1人では上がらないが、力を合わせれば上がる。6月上旬に各地で一斉に上げられた花火も一緒だ。

 「みんなが同じ時間に、同じ思いを込めることが癒やしにつながる。正午の祈りも、そう。ともに祈る気持ちが前に進もうという力になる。科学や医学では証明できない底力がある。その力を信じ、これからも祈りを捧げたい」(岡田匠)

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 〈圓照寺〉 江戸時代初期、後水尾天皇の長女・文智女王が開いたと伝わる。臨済宗妙心寺派に所属する。三島由紀夫の小説「豊饒(ほうじょう)の海」に出てくる月修寺のモデルとされる。拝観寺院ではなく、普段は非公開だ。