拡大する写真・図版子どもたちが書いた短冊を見つめる佐藤仙務さん(本人提供)

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 ――ぼくもいつか、歩けるようになりたいです。

 小学1年生の七夕の日。私は特別支援学校(当時は養護学校)の授業で短冊に願いごとを書いた。「どんなお願いでもいいので、みんなのかなえたいことを書いてください」。学校の先生がそう言うと、友達はせっせと欲しいおもちゃやゲーム、将来の夢などを短冊に書き始めた。

 私は少し考えたあと、当時はまだ動いた右手で短冊にこう書いた。「ぼくもいつか、歩けるようになりたいです」

 それを見た友達は「仙務くん、大人になるまでに歩けるようになるといいね」と言ってくれたが、先生たちの反応は違った。困った表情をして、急に黙り込んでしまったのだ。幼心ながら、その空気感は伝わった。

 今思うと、それは無理もない。私が患っている脊髄(せきずい)性筋萎縮症(SMA)は根本的な治療のない難病だ。進行性の病気ということもあり、成長とともに筋力が衰えていく。歩くどころか、座っていることさえ難しくなる。個人差はあるが、今の私の状態である寝たきり生活にやがてなる。私の両親は当時、医者からあと5年から10年くらいしか生きられないだろう言われていた。

 そんな私が「歩けるようになりたい」と言うのだ。あまりにも遠すぎる夢である。それどころか、むしろ離れていく夢に先生たちは胸を痛めたのだろう。

 でも、かないもしない願いごとを書いたのには理由がある。

拡大する写真・図版小学1年生のころの佐藤仙務さん(本人提供)

「1億円で治ったら払ってくれる?」

 ある日、学校から家に帰った後、ふとテレビを眺めていた。すると何かのニュースで「1億円」という言葉を聞いた。何のニュースだったかは覚えていないが、当時7歳ぐらいの私にとって、あまりにもピンとこない金額だった。しかし、子どもの私でも、とにかく大きいお金ということだけはわかった。すると、私はこんなことを思いついた。「ねぇ、お母さん。もし、僕の病気が1億円で治ったら払ってくれる?」

 母は一瞬、驚いた顔をした。ただ、少し間を空けてこう答えた。「うちにそんな大金なんてないんだけど、仙務が歩けるようになるんだったらきっと何とかするかな」

 そう話しながら、母はいつもの屈託のない笑顔を見せた。「だけど、お父さんのお給料じゃ足りないから、どうしようねぇ」。そんなことを冗談めかして言った。笑っているのに、どこか寂しそうな表情をしていた。あの日のことは、今でもはっきり覚えている。

 それから20年以上の月日が経ち、私は大人になった。7歳の頃と比べると、病気の進行で身体が徐々に動かなくなってきている。以前は車いすに座ったり、鉛筆を持って字を書いたりもしていたが、それももうできない。今ではほぼ寝たきりの生活で、パソコンの操作も視線入力で行っている。

 だが一方、幸運なこともあった。それはここ数十年の目まぐるしい技術の発展で、私のような重度障害者でも、ITを最大限に活用すれば自分で会社を起こして働くことさえできる時代になった。

 もう一つ、近年の医療進化によって、私は幼いときに言われていた余命宣告からずいぶんと長い延長戦を生きてこれた。それだけではなく、2017年には、脊髄性筋萎縮症の初めての承認薬となる「スピンラザ」が登場し、今年2月にも幼児向けに「ゾルゲンスマ」という薬も承認された。正直、自分が生きている時代に治療薬が登場することはないと思っていたので、驚きを隠せなかった。

「生かしておく必要はない」 ネットの書き込みに危惧

 一方、これらの治療薬の登場により、ある議論がネット上で飛び交うようになった。医療費の問題だ。

 私はいま、前述したスピンラザを定期的に使っているが、スピンラザは瓶一つで約900万円。人にもよるが、それを毎年数本打つ。私の場合は年間で2700万円だ。

 「ゾルゲンスマ」は1回の使用で済むものの、薬価は約1億6700万円。世界一高い薬とも呼ばれ、話題になった。どちらの薬も保険適用なので、賛否は二つに大きく分かれるだろう。

 治療を受けさせてもらっている側としては、薬を開発された方々や承認してくれた当局、そして医療費を納めてくださっている皆様に感謝の気持ちでいっぱいだ。もちろん、いまの私はなんとか働けているので、自分自身にできる役割と価値を提供しながら社会に還元していきたいと考えている。

 だが、私はひとつだけ危惧していることがある。それはSNSやネットのニュースサイトへの書き込みなどを見ていると、多くの方が「生産性のある障害者」であれば、医療を費やしてもいいが、そうでないなら医療費がむだで「生かしておく必要はない」という考え方の人が多いことだ。

 きれいごとを言いたいわけではない。自分自身も会社経営をしており、生産性の重要性を否定するつもりもない。むしろ、自分という人間にそれほどまでの医療費を補ってもらう価値があるのか正直迷ったし、現に同じ病気の方で、こうした理由から治療を始めることに踏み出せない人も見てきた。

 そんな中で、私は一つだけ皆さんに問いたいことがある。

もし、あなたの大切な人が難病だったら?

 もし、あなたの家族や大切な友人が難病者として生まれてきたとしたら、「医療費がもったいないから治療を受けないでくれ」と言うだろうか。

 あなたも、いまは健康かもしれないが、人間はいつか絶対に死ぬし、その過程で何らかの病気や障害になる可能性はある。いま、社会には「相手の身になって考える」という能力が欠けているように思う。その行く末が、昨今大きな問題となっているネットでの誹謗(ひぼう)中傷であり、最悪、「相模原障害者施設殺傷事件」のような残酷でおぞましい事件につながる気がしてならない。間違った優生思想から、人はいつの間にか悪魔にもなってしまう。

 私は治療を受け始めてから1年半近くが経つが、今の年齢と進行状態からみて、歩けるようにはならないらしい。それでも、少し身体が楽になったり会話がしやすくなったり、食事の量が増えてきたりと、確実に私の難病の進行を防ぎ、わずかながら改善の方向へ向かいつつある。

 すると最近、担当の医師がこんなことを言うようになった。

「仙務くんはこれでもう、お母さんより先に死ぬことはないかもしれませんね」

 それを聞いた母は、「先生、私はこの子を見送った翌日に死にたいってずっと思ってたのに」と寂しそうであり、なんだか少しうれしそうに笑っていた。

 ――ぼくもいつか、歩けるようになりたいです。

 7歳のときの七夕で書いた願いはかなわなかったが、実はこの笑顔で、短冊には書いてこなかった私の本当の願いはかなっている。

拡大する写真・図版七夕の短冊(本人提供)

佐藤仙務

佐藤仙務(さとう・ひさむ)

1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力。著書に「寝たきりだけど社長やってます ―十九歳で社長になった重度障がい者の物語―」(彩図社)など。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。