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「震災の教訓生きず」 コロナで露見、科学と政治の関係

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嘉幡久敬
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 危機管理の際、政策の立案と決定、国民への説明に責任を負うのはだれなのか。国の新型コロナ対策に全面的にかかわってきた専門家会議が6月24日に発表した報告書は、科学と政治はどう関わり合うべきかという問いを投げかけた。大阪大学の小林傳司(ただし)名誉教授(科学技術社会論)に読み解いてもらった。嘉幡久敬

混じり合う科学と政治、危機管理に協力

 ――専門家会議の報告書を読んだ印象は。

 専門家による科学的助言のあり方、科学そのものが持つ不確実性の扱い方、それらを社会に伝える「リスクコミュニケーション」のあり方という、三つの重要なテーマが盛り込まれている。新型コロナウイルスの性質も、それが引き起こす感染症に関しても知見が少ない中で、何か対策を決めないといけない。メンバーが政府と対話しつつ、実践的な助言をしようと悩みながら走ってきたのが伝わってくる。

 ――科学者は政策判断に踏み込むべきではないという意見がある。今回はどうだったか。

 科学者は客観的事実を提供し、政策判断は政治がするという伝統的な分業のモデルでうまく対処できる問題ばかりではない時代になっている。科学的知見が十分でなく、科学者の意見が収束しない状況では、判断の際に科学と政治が交じり合うことは避けがたい。原発問題でも、科学者は大事故を起こす確率については一致できても、事故確率をどこまで下げれば社会的に受容できるかという線引きの議論では一致できない。

 今回も両者が交じり合う事例だ。事態が刻々と動く中で、政府と専門家が議論し、協力せざるをえないのは当然だ。報告書では、専門家会議が政策も決めている印象を与えるほど前のめりになっていった経緯がつづられているが、政府との議論の中で専門家が一歩踏み込むことは起こりうる。むしろ、だからこそ、だれが責任を持って判断したかを明示することが重要なのだ。

 今回は、医学や公衆衛生学の…

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