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 新型コロナウイルス感染症の流行によって、ニュースでもPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)という言葉をよく聞くようになりました。あまりなじみがなかった方もいらっしゃるでしょうが、臨床の現場では感染症の診断目的にPCR法は広く使われています。長期間にわたり使われてきた十分な実績のある「枯れた技術」と言っていいでしょう。

 感染症の診断方法はPCR法以外にもいろいろありますが、最も基本的なのは検体を顕微鏡で観察して細菌を目視する方法です。肺結核の診断では、たんの中に結核菌がいるかどうかを顕微鏡で観察することはいまでも重要です。症状や病歴、ほかの検査結果が肺結核に典型的だった場合には、顕微鏡で結核菌のようなものが観察できれば診断はほぼ確定です。

 しかし、菌の量が少なかったらどうでしょうか。観察した範囲に菌が見つからないからといって、菌がいないとは断定できません。あるいは、「非結核性抗酸菌」という、結核菌に見た目は似ているけれども他の種類の菌かもしれません。結核菌かどうかで治療や隔離の方針が大きく変わってきますので、鑑別は重要です。培養して菌を増やせばある程度こうした問題は解決できますが、結核菌はゆっくりとしか増えず、結果が得られるのに数週間かかります。そんなに患者さんを待たせてはおけません。

 そこでPCR法です。PCR法ではごく少量のDNAであっても増幅されますので、菌が存在するかどうかを数時間で判断できます。結核菌が持っているけれども非結核性抗酸菌が持っていないDNA配列を対象にすれば、菌の種類もわかります。指紋で犯人を区別できるのと似ています。

 結核菌に限らず、さまざまな病原体をPCR法によって区別することができます。多くの種類の細菌やウイルスがPCR検査で検出できますが、新型コロナウイルス用のPCR検査では新型コロナウイルスだけが、結核菌用のPCR検査では結核菌だけが陽性になります。PCR法やそのほかの核酸増幅検査を用いれば、光学顕微鏡では見えないウイルスを診断でき、これも大きな利点です。

 PCR法は「少量の病原体でも陽性になる」「病原体の種類がわかる」「結果が数時間で得られる」「顕微鏡で見えないウイルスも診断できる」という有用な検査ですが、もちろん、万能というわけではありません。いくら少量の病原体でも検出できるといっても、試料の中に病原体が含まれていなければ検査で陽性にはなりません。適正に試料を採取することが大事です。

 ほかにも、PCR検査では死んだ病原体でも陽性になってしまうことがあります。検査陽性が必ずしも感染力があることを意味しているとは限りません。また、どの薬が効くかどうかを調べるには培養した細菌で薬剤感受性試験を行うのが現在の標準で、遺伝子から薬剤耐性を推測する方法は研究はされていますが今後の課題といったところです。

 PCR検査に否定的な意見を耳にすることもありますが、欠点のない検査方法はありません。どのような検査であっても、その利点、欠点を十分に理解した上で実施します。患者さんの訴えをよく聞き、症状、診察所見、ほかの検査結果を踏まえて、必要十分な検査を行うのが理想です。

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酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。